新型コロナウィルスによる外出制限で、拡大が加速するビデオ・ストリーミング

新型コロナウィルスCOVID-19流行のため、世界のほとんどの地域で、人々は外出制限を受けている。最近は感染拡大をある程度抑えた国や地域、また、経済をこれ以上悪化させないよう、経済を優先させて少しずつ外出制限を緩和しているところも増えているが、まだまだ家にいる時間が、以前にくらべてはるかに長い。

そんなとき、人々が家でテレビやビデオを見る時間が増えていることは、容易に想像できる。最初はニュースを見る時間が大幅に増えた。いまでも通常のときよりニュースを見る時間は多いが、そろそろニュース疲れも来ている。子供のいる家では、外で遊べない子供たちが、ニュースよりもっと楽しいことを求めている。そこで、ゲーム、テレビやビデオにエンターテイメントを求めることになる。ゲームの話はさておき、ここではテレビやビデオの視聴動向について書くことにする。

すでに何回か書いているが、米国のテレビ界では、ケーブルテレビや衛星放送などによる視聴から、インターネット経由のビデオ・ストリーミングへの移行、いわゆるCord-cuttingが10年ほど前から進行している。今回の外出制限で増えた、家でのテレビやビデオ視聴ではどうなっているか。実はこのCord-cuttingが加速している。テレビを見ることを増やすにしても、別にいままでのケーブルテレビ契約などのまま、視聴を増やしてもいいものだが、そうはなっていない。具体的な数字で言うと、米国のケーブル、衛星、それに通信会社による光通信経由の有料テレビ放送契約は、今年第1四半期に合計180万ほど減少した。これは、これまでで最大の減少幅だ。

コロナ問題による生活や仕事の仕方は、いろいろな面で大きく変化しているが、その変化は、「すでに起こり始めている変化が、より加速する」という現象を各方面で起こしている。テレワーク、Eコマース、オンライン教育、遠隔医療の加速など、たくさんあるが、Cord-cuttingの加速もその一つだ。Cord-cutting加速の理由としては、コロナ問題で経済の先行きが不安になり、実際職を失ってしまった人などが、経済的にも高額なケーブルテレビなどから、安価なビデオ・ストリーミングへ移行したいと考えることがある。それに、ビデオ・ストリーミングを提供する会社もかなり多くなり、コンテンツ的にも充実してきたため、そちらに移行しても問題ない、と考える人がどんどん増えている。そして、ナマで見たいプロスポーツが、みな止まってしまっているのも大きい。

具体的に見てみよう。ビデオ・ストリーミングのビジネスモデルとして、月額料金を取るサブスクリプション・モデル(SVoD)を採用するNetflixや、昨年11月にスタートしたDisney+は、ここ数ヶ月、利用者数が大きく伸びている。Netflixは3月末までの第1四半期で、ユーザーが1,580万増え、世界で1億8,290万ユーザーとなった。Disney+も、始まってまだ5ヶ月の4月初めで、すでに5,000万ユーザーになったと述べている。もともとDisney+は、2024年度末に6,000 – 8,000万ユーザーにしたいと言っていたのだが、4年以上前に、その数字に近づいている。ストリーミング・サービスにはSVoD以外に、広告を入れ、無料でコンテンツを配信するAVoDもあるが、経済的に厳しい状況の家庭を中心に、こちらはさらに今後ユーザーが伸びると予想されている。

Cord-cuttingが加速し、ビデオ・ストリーミングが拡大しているが、このサービスを提供するすべての会社が順調かと言えば、必ずしもそうではない。たとえば、Hollywoodの有名Producerで元Disney Studio会長だったKatzenberg氏が2020年4月6日に始めたQuibiというストリーミング・サービスは、事前に大きな評判となっていたので、最初2週間でそのアプリをダウンロードした数は270万と多かった。コンテンツの質は高いとの評判だが、その後ダウンロード数は急速に落ち、さらに90日の無料サービス期間後、かなりの人が利用を取りやめるのではないかと、うわさされている。

実は、このサービス、コンテンツの長さが10分以内、配信はモバイル端末のみ、という特徴を持ったサービスだ。狙いはちょっとした時間の合間、たとえば電車やバスを待つ時間、人と待ち合わせで待っている時間などに見る、ということを目的としたものだ。ところが、今回のコロナ問題で、外出が制限され、人々は家にいて、テレビやパソコンなどの大きな画面で、ビデオ・コンテンツを視聴している。そのため、Quibiのようにモバイル端末の小さな画面でなど、みな見たくないのだ。実際、Quibiのサービスが始まった当初から、テレビやパソコンで見たいという要望が多く寄せられ、Quibiも対応を少しずつ始めている。Quibiスタートのタイミングが、あまりにも悪かった、ということかもしれない。

Quibi以外でも、苦戦を伝えられているサービスがある。それはAppleTV+だ。その理由は、AppleTV+の売りは、オリジナル・コンテンツなのだが、その製作がコロナ問題のためにストップしており、新しいものが作れないでいるからだ。そして、AppleTV+は、NetflixやDisney+などのように、豊富なコンテンツをすでに持っている、というわけではない。新しいコンテンツが制作できなければ、AppleTV+はユーザーにとって魅力に欠ける、ということになってしまう。そのためAppleTV+は、古い既存のビデオ・コンテンツを新たに契約して追加する、という話が持ち上がっているようだ。

実は、この新しいコンテンツを制作できない、という問題は、すべてのストリーミング・サービス会社、そして通常のテレビ番組を放送する人達にとっても大きな問題だ。そんな中でもNetflixとDisney+は大きな強みを発揮している。Netflixの一つの特徴は、コンテンツ制作を早め、早めに行い、シリーズものでも、すべてを製作して、一挙に公開することだ。これによって、ユーザーがシリーズを連続してみること(いわゆるBinge Viewing)を可能にしている。実際、今年新たにリリースする予定のコンテンツは、すでにほぼ出来上がっており、2021年のものについても、多くのものが撮影を終了し、Post Productionの段階に入っているという。この作業は自宅でもできるので、外出制限下でも作品を完成させることができる。このようにプラス要因の多いNetflixなので、株価も年初から27.3%上昇している。

Disneyの株は年初から20.9%下がっているが、これはDisney+以外の要因による。世界にいくつかあるテーマパークは、最近上海のものがオープンしたが、それ以外は長く閉まっている。また、映画館がほとんど閉まっているため、新作映画の上映で得られるはずの収入も得られていない。そして、傘下にもつESPNはスポーツ専門の有力テレビ・チャンネルだが、スポーツはすべて中断しており、見せられる生のスポーツ中継がない。Disney+は、Disneyにとって唯一と言ってもいい、明るい点だ。Disney+も新規コンテンツの制作が止まっているという問題は、他社と同様にあるが、それでも、持っている既存コンテンツの強みは大きい。特に子供たちは、Disneyものを何度も見たがる傾向にあり、同じコンテンツでも視聴者を引き付け続けられる強みがある。

また、Disneyはアニメーションも多く制作している。アニメーションは現場で大勢の俳優やスタッフが集まる必要もなく、個人個人が自宅で作業できる部分が多いので、外出制限の影響をほとんど受けない。実際、Disneyに限らずアニメーション・スタジオは、制作依頼が多く舞い込み、スタッフを増員して対応に追われているという。Disney+は、この点でも強みを発揮できる。

5月27日には、新たなストリーミング・サービスとして、AT&TがHBO Maxをスタートさせた。そしてNBCUniversal が4月から一部ユーザーに公開しはじめ、7月中旬に本格スタートするPeacockをサービス開始する。どちらも本来ならそろえる予定だった新しいコンテンツが、制作現場閉鎖のため、一部しか提供できそうにない。彼らの持っている既存コンテンツで、どれだけのユーザーを獲得し、維持できるか、注目される。

映画業界そのものも、加速するストリーミング・サービスに多大な影響を受け、その大きな変革は、すでに始まっている。もともと映画業界は、映画館での上映収入でビジネスを行っていた。そのため、その後DVDによる映画の配信をする場合も、映画館で一定期間、通常75日程度上映したのちDVDを販売し、映画館の利益維持に協力してきた。ビデオ・ストリーミングについても同様で、DVDと同じタイミング、あるいはさらにそれに遅れて開始していた。

ところがその映画館がいま、みなクローズしていて映画を上映できないでいる。昔からあった、いまはほとんど残っていない、野外で車の中から映画を見るドライブイン・シアターが復活しているという話もあるが、それはごく一部の話だ。そこで、大手映画スタジオは、映画館での封切りを待たず、ストリーミング・サービスにコンテンツを直接配信することを始めている。この中にはNetflixやAmazonのみでの配信を許可しているものもあるが、それ以外の各社のサービスで配信しているものもある。

一見このやり方は、映画製作スタジオにとって、映画館から得られる大きな利益を犠牲にしているようにも見えるが、必ずしもそうではないようだ。映画館での上映の場合、映画スタジオが得られるのは、収入の55%程度だと言われる。一方デジタルの世界では、それが80%にもなるとのことで、利益率はこのほうがはるかに高い。そのため、映画スタジオとしては、以前から映画館での封切りと同時に、デジタルのコンテンツ配信を狙っていたところも少なくないとの話だ。

映画館では、家庭にはない大画面があり、サラウンド・サウンドなど、音響効果もすばらしい。そのため、映画はやはり映画館で観たい、というファンもたくさんいるに違いない。しかし、映画館に行かず、自宅でゆっくり友人や家族と飲み食いしながら映画を見たい、という人も少なからずいるだろう。今回のコロナ問題によって、新作映画が映画館での75日間上映を待たず、家庭でも同時に見ることができる日も、近いのかもしれない。映画館にとっては、厳しい現実となるが、これも時代の流れなのかもしれない。コロナ問題で、ビデオ・ストリーミングへの流れが加速した。この市場での勝敗が、関わっている企業すべての将来に、大きな影響を及ぼすことになる。

  黒田 豊

(2020年6月)

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