本流になり始めたテレビ番組のインターネット視聴

テレビ番組のインターネット視聴が、傍流から本流に向け、本格化してきた。これに関連して、最近2つの新聞記事が話題となっている。ひとつは、3月23日にWall Street Journal紙に出た、Appleが米国ケーブルテレビ会社最大手のComcastと、提携の話を進めているという記事。もうひとつは、4月2日にAmazonが、インターネット経由のビデオコンテンツを、テレビで視聴できる$99のデバイス、Fire TVを発表したという記事だ。

まず最初のAppleとComcastの提携話だが、あくまでうわさの話だが、Wall Street Journalという日本の日本経済新聞にあたる有名新聞に掲載されたので、信憑性は高く、大きな話題となっている。記事によると、AppleはComcastと提携して、自社のハードウェアをComcastのセットトップ・ボックス(STB)として使ってもらい、ユーザーからの契約料の一部をもらう話や、Appleが自社でインターネット・ビデオ配信する場合、Comcastユーザーに対し、特別な通信帯域を確保してもらい、高い品質のサービスが提供できるようにする話など、いくつかが出ているが、その全貌がよく見えないため、いろいろな憶測を呼んでいる。

ついこの2月には、インターネット・ビデオ配信でトップを行くNetflixがComcastと契約し、Comcastでインターネット接続しているユーザーに対し、Netflixのコンテンツ配信について品質が落ちないようにする、ということになったので、その延長線上で見られている部分があるが、私は少々違うのではないかと考えている。

そもそもAppleが数年前から、本格的にテレビ番組配信ビジネスに参入するといううわさが流れているが、いまだに実現していない。現在販売されているApple TVは、Steve Jobs 前CEOがおもちゃと言っていたもので、これとは次元の違う、新しいテレビ番組配信向けのデバイス(これまでのうわさでは、新しい形のテレビそのもの)と、サービスを検討中といううわさだった。しかしながら、テレビ番組等のコンテンツの権利を持っている企業から、Appleに必要な金額でコンテンツ配信の許可がおりず、それが実現できていない、というのが現実だ。

そのような状況のままで、Appleが単純にコンテンツ配信の品質だけを確保しても、このような新しいサービスを開始できるとは思えない。また、Comcast以外のインターネット接続サービスを使っているユーザーには、品質が確保できないことになり、AppleがComcast以外の大手インターネット接続業者と、同様の契約を進めるのは大変だし、お金もかかる。一方、Comcastも、こんな提携を行って、わざわざ新しい競合企業を作る意味がどこにあるのか、という大きな疑問が出てくる。このように考えると、一体Appleは何を考えているのか、Comcastはなぜこんな話にかかわっているのか、という疑問が出ても不思議はなく、そのような論調のコメントも多く見かける。

しかしながら、私は全く別な可能性を予想している。それは、テレビを「放送」しているComcastと、Apple TVをベースにした「インターネット・テレビ番組配信」を融合したサービスを、ComcastとAppleで提供しようというのではないかと考えている。そう考えると、Comcastはすでにテレビ番組等のコンテンツの配信権はもっており、一方のAppleはインターネット・テレビ番組配信やユーザーインターフェースの技術を持っている。これを融合させたサービスを、共同ブランドで提供することができれば、両社にとって、大変大きなメリットがある。Comcastにとっては、競合する衛星放送サービスや、電話会社によるIPTVサービスに対する大きな差別化になるし、Appleにとっても、コンテンツに高額を支払う必要がなく、AppleのSTBを使ってもらうことにより、Apple独自のサービスを追加することが可能となる。

今年はじめに、大手電話会社のVerizonが、Intelが計画していたインターネット経由のテレビ番組配信サービスOnCueを買収したのも、同じようにテレビ番組の「放送」と「インターネット配信」を融合させようという意図があると思われ、これに対抗してComcastがAppleと組む、という構図は十分考えられる。実際、このような話がされているかどうかわからないし、仮にそのような話がされていたとしても、契約までこぎつけるかどうかは、わからない。しかし、このような、新たな時代のテレビ放送/配信融合サービスに向けての提携話であれば、Apple、Comcast両社ともにメリットは大きく、提携実現に向けて話が進む可能性が高いように思う。

もうひとつのAmazon Fire TVは、すでに市場に出回っているApple TV、Roku、Google Chromecastなどと同様、インターネットで配信されるテレビ番組等のビデオコンテンツを、テレビ画面に映し出すセットトップ・ボックス(通称iSTB)だ。価格的には$99と、Apple TVと同じだが、昨年Googleから発売されたChromecastの$35、Rokuの$49に比べると、高い値段設定となっている。もちろん、その分、他社にない機能を搭載してる。そのひとつは音声による検索で、俳優の名前や番組名をマイクに向かって言うと、関連する番組が検索できる。また、高速のチップを採用しているため、パフォーマンスがよく、立ち上げが早いとともに、ビデオを見ているときにビデオが途切れるようなことも、他社のものに比べると、はるかに少ない。

Fire TVを使って見ることができるビデオコンテンツは、Amazon Prime Instant Videoで視聴できるものだけでなく、NetflixやHuluなどのものも見ることができる。ただし、1,200以上のコンテンツ・チャンネルを誇るRokuには及ばない模様だ。また、Amazonの持つKindleをセカンド・スクリーンとして使う連携も可能だ。MicrosoftのXboxやSonyのPlaystationほどではないが、100以上のゲームもテレビで楽しめるようになっており、ゲームメーカーにFire TV向けのゲーム開発を依頼しているとのことなので、今後利用できるゲームも増える見込みだ。

インターネット・ビデオ配信用デバイスを提供することは、Amazonにとって、ユーザーのビデオ視聴嗜好が分析可能となり、今後Amazonが持つ多くの商品販売につなげることが期待される。これらの追加機能で、Googleの安価なChromecast等に対抗できるか、今後が注目される。

この2つの例を見ても、テレビ番組のインターネット視聴は、いよいよ本格化し、傍流から本流になってきているといえる。米国でインターネット経由でテレビ番組が配信されはじめたのはおよそ7年前、その後時間をかけ、ユーザーへの浸透も進んできている。当初からCord cutting(ケーブル等、有料放送の解約)が始まると言われながら、これまで有料放送契約全体でみると、横ばいかやや伸び続けてきたが、これも昨年第4四半期には、ついに105,000契約者が減少した。

また、テレビ番組をテレビ放送で見るか、インターネット配信で見るか、という最近の調査で、18-24才ではインターネットで見るほうが、テレビ放送で見るより多い(33%対29%)という結果も出ており、若い世代ではもう有料放送契約は必要ないとの認識が広がっているのが見える。これがまだ実質的な契約解除に広がっていないのは、有料放送契約は一家の長が行っており、その人たちはまだテレビは放送で見たいと思っている人が多いためだ。しかし若い人たちが独立し、自分たちが有料放送を契約する立場に立つと、そもそも最初から契約しない(Cable Never)ということになり、いよいよ契約者数にマイナス影響が出てきたといえる。

技術革新が起こるとき、市場に大きな変化が起こるといち早く騒ぐ人たちがいる反面、そのような大きな変化がすぐに起こらないことも事実だ。わかりやすい例としては、IP電話がある。インターネットが広まり始めたころ、IP電話の可能性を言う人たちがいたが、その時点でのIP電話は技術的に可能であるものの、インターネットの回線速度が遅く、またIP電話の技術も未熟だったため、使いものにならなかった。しかし、いまはIP電話は普通に使われるようになっている。インターネット・テレビ番組配信も同じで、技術だけでなく、コンテンツ配信の契約問題等で時間はかかっているが、いよいよ大きな変革が本物になってきたことが、実感できる今日このごろだ。

  黒田 豊

(2014年4月)

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