AIは新型コロナウィルス対策に、どこまで役立つか?

新型コロナウィルスCOVID-19の流行は、ピーク時に比べ、やや落ち着きを取り戻している感もあるが、第2波の可能性を含め、まだまだ予断を許さない状況が続いている。4月のコラムでは、「新型コロナウィルスに負けないIT企業」というタイトルで、IT企業が新型コロナウィルスが広がる中、人々の役に立っている点を紹介した。その中でもAI(人工知能)の話を一部取り上げた。

コロナ問題が騒がれる前から、ここ数年、何かと言えばAIという言葉が出て来て、あたかもAIがあれば何でも解決してくれそうな話にも聞こえる場合がある。しかし、AI活用には注意すべき点もあり、2018年7月のコラムで「AIによるビッグデータ分析の、注意すべき落とし穴」として紹介している。

さて、今回のコロナ問題に、AIは役立っているのだろうか? これに対する答えはYes and Noだ。役に立っている部分もあるが、AIがコロナ問題を解決してくれる、というほど楽観的な話ではない。まず、直接的に役立っているところから見て行こう。新型コロナウィルスに対するワクチンや治療薬の創薬、そして既存薬品の利用可能性分析に、AIは役立っている。

創薬というのは、対コロナに限らず、どんなものでも長い時間がかかり、高額なコストがかかるものだ。そのため、ある病気に対する薬が開発されても、最初はかなり高額なものとなり、1回数千万円などという話も出てくる。この創薬に高額の費用がかかるのは、多くの失敗を重ねるため、そして、治験のための適格な候補者を見つけることに時間と費用がかかることと言われている。これに対し、関係するデータを大量に記録し、それをAIを使って分析することにより、かなりの時間と労力を削減することができる。

創薬の場合は、それでも薬の承認を得るため、治験にかなりの時間を要する。そのため、多くの企業は平行して、すでに承認されている別な用途の薬を、コロナ患者に適応できないか検討している。ここでもAIは役立っている。ある会社は、15,000の既存薬をスクリーニングし、効果のありそうなものを洗い出している。既存薬品と新型コロナウィルスの分子構造から、最も効果がありそうなものを、AIに探してもらうものだ。さらに実際に適用可能性の高い薬を、いろいろな人に使用してみて、その経験データをもとにAIに分析してもらい、それぞれの患者に最適な薬を見つけられるといいのだが、まだその経験値データが少なく、不十分なのが現状だ。

一般的にAIを使って、将来予測をすることはよくある。今回のコロナウィルス問題でも、感染者や死者がどのように各都市に広がっていくかなどを、AIに予測してもらいたいところだ。しかし、今回のようなパンデミックは前例がなく、昔のスペイン風邪のときの詳細な情報もない。そもそもAI、なかでもビッグデータ分析に使用するマシンラーニングやディープラーニングは、大量のデータをもとに、その経験パターンから将来を予測する。したがって、不十分なデータでは、信頼性の高い結果が得られない。

このAIの性格から、コロナで大きく変わってしまった世界での、いろいろな将来予測にAIを使うことも難しくなっている。たとえば、これからの小売業や観光業がどうなっていくかなどの予測は、過去にコロナ問題と同様のことが起こっていないので、AIに予測させても、十分信頼性の高い予測ができない。いままでに起こったこともない状況に対応することには、弱点を露呈するのが現在のAIだ。この点を中心に考えると、AIは今回のコロナ問題に十分役立っていない、という結論にもなってしまう。

しかし、日が進むにつれ、コロナ患者から得られる情報も増えてきているので、AIが役に立つ面も増加しつつある。たとえば、比較的軽い症状の人でも、突然病状が変化し、病院のICUに移動させる必要のある患者もいる。それを事前に把握できれば、その人の命を救うこともできるし、ICUでの必要ベッド数の確保なども容易になる。人工呼吸器についても、いつ必要になるかがわかれば、対応がしやすい。さらに人工呼吸器を使っている患者が、いつそれが必要なくなるかが早めにわかれば、限られた数の人工呼吸器を有効に使うことができる。このようなことの判断にAIを活用する動きがあり、経験データが増えるに従い、その信頼性が高まってくる。

このように見てくると、AIの力は、コロナ問題への直接的な貢献という意味では、今の時点では、まだ十分とは言えないが、これからに期待できるものは十分ある。一方、コロナ対策を間接的な面も含めて考えると、AIの貢献はたくさんのところで見受けられる。たとえば、米国をはじめ多くの国では不要不急の外出の禁止・自粛を求め、多くの店や企業が数か月にわたって閉めているところも少なくない。そのようなところに対し、政府や民間金融機関がローンを提供しているが、大量のローン申請に対する承認作業にAIが活用され、処理の迅速化に貢献している。また、コロナに関する研究レポートなどは、世界各国から日々発表されているが、これらを分野やキーワードをベースに分類整理し、その傾向を把握したり、特定のテーマについての検索などにAIは使われている。

世界中のSNS情報から、ある病気がどこかで異常に発生していることを突き止めることも、AIでは可能だ。実際、昨年末にBlueDotという会社のAIシステムは、このような分析から、中国の武漢で肺炎の発生パターンに異常があることに気が付いていた。これはWHOによるコロナウィルスに関する初めての発表の9日前のことだ。

コロナ問題で、できるだけ人との接点を避けるため、ロボットの導入も加速している。お店での配膳ロボット、紫外線による消毒をしてくれるロボットなど、さまざまなところで、人の代わりにロボットが活躍している。ロボットは多くのセンサーを持ち、そこからの情報をもとにAIが対応して初めて動く。一方、人との接触を減らすのではなく、逆に人との接触が少ないことに対して寂しさを感じる人達のために、話し相手になるロボットもすでに存在するが、コロナで自宅にずっといて孤独感を感じる人達には、癒しになっていることだろう。

感染者のトラッキングのため、顔認識システムを使うものも、プライバシー問題の懸念はあるものの、国によっては導入されている。顔認識システムはAIをベースにした技術だ。ソーシャル・ディスタンスがきちっと取られているかをチェックし、取られていない場合に警告を発するシステムの導入も、倉庫での作業などで検討されている。これも画像センサーを使い、人と人の距離をAIが判断して、必要な場合に警告を発するものだ。ただ、プライバシーを重視する人たちからは、ソーシャル・ディスタンス以外での利用を会社が考えた場合、問題があるとの指摘も出ている。

AI技術だけに限ったことではないが、コロナ問題で、医療関係のデジタル化が急速に進んでいる。リモート診療などは、ずっと以前からその技術的な可能性が言われていたが、医療業界はなかなか踏み切ろうとしてこなかった。それが今回のコロナ問題で、一気に進んだ。また、X線などの画像診断結果の判断をAIに支援してもらうことで、画像を見て判断する医者の効率を大幅に向上させることができるが、これもいままでなかなか進んでいなかった。それが、コロナ問題で医療崩壊の可能性が言われ、病院内での効率向上に目が向いた結果、画像診断へのAI活用もかなり進んだ模様だ。

AIを使って感染の爆発を予想、患者を早期に発見、感染経路をトラッキング、感染者を適切に診断して重症になりそうな患者を特定、患者に最適な治療薬を見つけ、ワクチン開発を迅速化する。これができれば理想的だ。ただ、データがまだ十分そろっていないこともあり、そこまで今のAIに期待することは難しい。AI技術は万能ではなく、十分な量の信頼できるデータがそろわないと、有効な分析結果は得られない。また、顔認識システムのように、プライバシー問題が発生する可能性もある。しかし、このようなことに注意しながら、世界各国の関係者が協力し合い、信頼性の高いデータを共有し、AIをうまく活用すれば、新型コロナウィルスとの戦いに、われわれの強い味方になってくれるに違いない。世界各国の技術者、研究者がこの命題と日々戦っている。その成果が早く現実のものとなることを期待したい。

  黒田 豊

(2020年7月)

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