ユーザー・エクスペリエンスの進化に注目

新年明けましておめでとうございます。

昨年は、日本での東日本大震災と津波による大被害、それに続く原発問題は今でも続いており、それにタイの大洪水、円高、さらにヨーロッパの金融不安などが追い討ちをかけている。一方、米国では、少しずつ雇用統計の数字も上向いており、年末商戦は比較的好調だったようで、消費には明るさも見えてきている。

ITの世界では、シリコンバレーのビジョナリー、Steve Jobsが10月に亡くなり、大きなショックが走ったが、Appleはその前日に発売したiPhone4Sが記録的に売れた。また、Google等、他のIT企業も好調で、無事年を終えた。2011年1月のコラムで書いたビッグデータ分析は、昨年1年間で大きな話題となり、米国だけでなく、日本でも大きな注目を集めるようになった。インターネット・ビデオ配信、スマートフォン、タブレットPC、クラウドコンピューティング、ソーシャル・メディアなども引き続きホットだ。

そんな中、今年注目したいのは、ユーザー・エクスペリエンス(user experience)の進化だ。ユーザー・エクスペリエンスは、ちょっとわかりにくい言葉だが、ユーザーが何か(例えばモバイル端末)を使うとき、使ってみてどんな感じがするか、どんな体験ができるか、ということだ。これまで、いろいろな製品で、ユーザー・インターフェース(user interface)、マンマシン・インターフェース(man-machine interface)の重要性が語られてきたが、ここ数年、それがさらに発展して、単なるインターフェースの問題ではなく、使い勝手や、どんな経験が出来るかが、より注目されるようになってきた。

ユーザー・インターフェースという話だけだと、画面の見やすさ、レイアウト、ボタンの位置などが話題の中心になるが、ユーザー・エクスペリエンスとなると、さらに進んで、その画面から何ができるか、何かのボタンを押せば、どんな情報が、どんな形で得られるか、等、もっともっとひろい範囲の話になってくる。

たとえば、これまで、何かをインターネットで調べるには、まずサーチエンジンを使って調べる場合が多かった。そのユーザー・インターフェースはキーワードを入れるボックスだ。これを音声対応に変えて、より使いやすくすることも出来る。しかし、それだけでは、ユーザーの得られるサーチの結果は同じで、ユーザー・エクスペリエンスとしての改善は限定的だ。

これを、今度はサーチとFacebookのようなソーシャル・ネットワーキング(SNS)を連携させるとどうだろう。あるキーワードでサーチしても、Facebookの自分の友達が気に入っているものがサーチ結果の上位に出てくれば、ユーザーにとってはよりよいエクスペリエンスになる。Goolgeも独自のやり方で、サーチとSNSの連携を図っている。

ユーザー・エクスペリエンスで強みを発揮している企業といえば、やはりAppleだろう。そもそも  、いかにユーザーが使いやすいもの、ほしがっているものを作るかは、Steve Jobsが常々目標として掲げていたことであり、Appleという会社のDNAとも言える。例えば、パーソナル・コンピューターという概念そのものは、Apple以前からあったが、それを本当の意味で、素人でも使える、パーソナルなものにしたのは、AppleのMacintoshだろう。その後、MicrosoftのWindowsに市場を奪われてしまったが、Appleがパーソナル・コンピューターの礎を作ったことに変わりない。

大ヒットとなったiPodについても同じだ。携帯音楽端末という概念は、Apple以前からあり、Sonyなどもそのような製品を出していたがヒットしなかった。それをAppleはiPodで大ヒットさせた。それは、単なるiPodのユーザー・インターフェースだけでなく、iTunesによって簡単にほしい曲を買うことができるようにし、新たなユーザー・エクスペリエンスに進化させたからだ。

そして、昨年10月のiPhone4S発表では、Siriというパーソナル・アシスタントを登場させた。これによって、単に情報を探すだけでなく、他の人からの評判を確認したり、その場所の予約、自分に対してはreminderをセットするなど、いろいろなことが出来るようになる。Siriについては、昨年11月のこのコラムで書いたので参照いただきたいが、iPhone4Sに組み込まれたのは、まだそのベータ版ともいわれるレベルのものであり、これからのさらなる進化が楽しみだ。

ユーザー・エクスペリエンスの発展は、他の分野でもいろいろと見受けられる。例えば、iPadのようなタブレットの利用だ。タブレットの利用そのものも新しいユーザー・エクスペリエンスと言えるが、他のものと組み合わせた新たなユーザー・エクスペリエンスが出てきている。その一例は、タブレットとインターネット接続可能な新しいスマートTVの組み合わせだ。タブレットをテレビのリモコン代わりに出来るだけでなく、タブレット上に複数番組を表示し、そのとき自分の見たい番組をテレビに表示させるようにコントロールしたり、スポーツ番組などでは、複数のカメラアングルをタブレット上に表示し、自分の好きなカメラアングルをテレビ・ディレクターよろしく自分で選んでテレビに表示することもできる。

スマートフォンやタブレットは、新たなユーザー・エクスペリエンスを発展させる可能性を多く秘めているが、それ以外のどんなものでも、ユーザーが使うものであれば、何でもユーザー・エクスペリエンスの進化・発展が期待できる。今年は以前からうわさされている本格的なApple TV(現在販売されているものは、Steve Jobsがおもちゃと言っていたレベルのもの)の登場が期待されている。もしそのようなものが期待どおり出てきたら、テレビを見るユーザー・エクスペリエンスも、さらに大きく変わってくるかもしれない。今年は、あらゆる分野でのユーザー・エクスペリエンスの大きな発展に期待したい。

  黒田 豊

(2012年1月)

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