どこまで広がるモバイル・ペイメント

スマートフォンを使ったモバイル・ペイメント。米国でお店での支払いと言えば、以前は現金やチェック(銀行小切手)、それにクレジットカードや、お店専用のカードによるものだったのが、スマートフォンを支払端末にかざすだけで支払が出来る便利なものだ。また、お店のポイントカードなども同時に処理できるのもメリットだ。

GoogleがGoogle Walletを発表したのは2011年9月にさかのぼる。そのときは、かなり大きな話題になったが、それから4年あまり経ち、残念ながらまだ広まっていない。これは、Google独自のペイメント・システムだったため、消費者がほとんど反応しなかったことが、一つの大きな原因と考えられる。

Googleのモバイル・ペイメント以前から、日本では広く使われているプリペイドカードや、スマートフォンを使ったおサイフケイタイなども、米国ではほとんど普及していない。最近でこそ、ようやく米国でのアレルギー反応も少なくなったようだが、公共料金を含め、銀行からの自動引き落しに対する抵抗も、米国では長く続いた。米国の消費者は、チェックやクレジットカードによる支払に慣れ、新しいものには、なかなか手を出さないようだ。

特にクレジットカードの場合は、支払が翌月、しかもそのときにお金がなければ支払を遅延することもできるので、消費者にとって、便利で使いやすいものだ。もっとも、そのため、クレジットカードの使い過ぎで、あとの支払いに困る人も、少なくないという問題も抱えている。そういう可能性のある人の場合は、クレジットカードではなく、その場で銀行にお金がなければ使えないデビットカードのほうを使う人もいる。Google Walletは、このような米国の消費者の動きが、普及の大きな阻害要因だったといえる。

そんな中、2014年10月、AppleがApply Payを発表した。Appleは、このApple Payを全く独自の決済システムとせず、大手クレジットカード会社3社(VISA、MasterCard、American Express)とのパートナーシップによるシステムとした。そのため、Apple Payは自分の持っているクレジットカードとリンクされて、最終的にはクレジットカードによる決済となる。これは、ユーザーにとって、全く新しい決済システムを使うのではなく、いつもの慣れたクレジットカード決済だ。支払が翌月なのも変わりない。違いはクレジットカードを読み取り装置に読ませてサインする代わりにApple Payを使う、ということだけなので、消費者の抵抗も少なく、実際使った人達の評判もなかなかよい。

このような状況を見て、GoogleもGoogle Walletとは別に、新たにAndroid Payを2015年9月に発表した。このシステムは、基本的なやり方がApple Payと同じで、Google独自の決済システムではなく、クレジットカードの決済システムにリンクするようになっている。使い勝手に多少の違いはあるかもしれないが、基本的にApple Payと機能は同じだ。

Apple Pay、そしてGoogle Wallet、Android Payとも、それを使うためには、NFC (Near Field Communication)という無線技術を使い、スマートフォンと支払端末間でやりとりを行うが、そのためには、その技術が使える支払端末に変更する必要がある。これをどれくらいの店が導入してくれるかが、大きな課題だった。Apple Pay発表時点で、McDonald、Macy’s、Wallgreens、Whole Foodsなどの大手が導入を決定し、全米で少なくとも22万端末でApple Payが使用可能となった。しかしながら、クレジットカード支払いを受け入れる店舗は全米で900万を超えており、まだそのごく一部しか使えない状況だった。

このNFCが使える支払端末も、現在は100万を越え、2015年末までには、150万に達すると言われている。有名な店でも、Starbucks、Cinnabon、Domino Pizzaなどが、今年から来年にかけ、導入を予定している。さらに最近株式上場して話題となった、スマートフォンに簡単に取り付けられるクレジットカード・リーダーのSquareも、最新のものはNFC対応となっている。ただ、最近の調査では、それでもまだNFC対応支払端末をもつ店は、10軒に1軒に満たないと言われている。NFCを利用するApple PayやAndroid Payが広がるには、まだ時間がかかりそうだ。

そんな中、Samsungが同じくこの9月から、Samsung Payを出してきた。Apple PayやAndroid Payと、ほぼ同じ機能だが、大きな違いが一つある。それは、支払端末とスマートフォンの通信のやり方が、NFCではなく、Samsungが買収したLoopPay社の持っていたMST(Magnetic Secure Transmission)という技術を使っていることだ。これを使うには、新しいNFC機能を持った支払端末の必要はなく、これまでのほとんどの磁気読み取り装置を持つ支払端末にスマートフォンをかざすだけで、支払処理が可能となる。

これを使えば、NFC機能を持たないほとんどの店舗でも、そのままSamsung Payが使えることになる。Samsungも、いずれはNFC機能を持つ端末が広まると予想し、NFCによる支払端末とのやり取りも可能にしている。いわばNFCが広がるまでの一時的な措置といえるが、NFCが広がるのに何年もかかるとなれば、これはユーザーにとって便利なものとなる。

問題は、この機能はSamsungの比較的新しいスマートフォンでしか使えないこと、それに、サポートしているクレジットカード発行銀行が、今のところ4行に限られていることだ。ユーザーで、Samsungの比較的新しいスマートフォンを使っている人はいいが、そうでない人は、わざわざ新しい機種を購入する必要がある。また、自分の持っているクレジットカードの発行銀行が、この4行に入っていない場合は、使うことが出来ない。Apple PayやAndroid Payでは、クレジットカードを発行する大手銀行ほぼすべてをサポートしており、さらにApple Payは、最近、地銀やクレジットユニオンなど100行を追加すると発表している。

もう一つの問題は、このSamsung Payが世の中にあまり知られておらず、店の人も知らないため、店員にその店では使えないと思われる場合が多いことだ。これはおそらくは、Samsungによる宣伝で、時間とともに解消されるだろうが、当分は店で混乱があるかもしれない。

これらの新しいモバイル・ペイメントに対し、従来からのクレジットカードを直接端末で磁気ストライプを読ませる方法に比べ、セキュリティに不安を感じる人もいる。しかし、専門家の話によると、いずれのモバイル・ペイメントも、直接クレジットカード番号が支払端末との間でやりとりされないため、逆にセキュリティ上安全とのことなので、こちらは心配の必要がなさそうだ。

最近、クレジットカード業界は、不正利用防止のため、新しいICチップを埋め込んだものが配布されるようになってきている。そして、店舗に対しても、このICチップ読み取り可能な支払端末を導入しない場合、クレジットカード不正による損害は店舗の責任になるというから、店舗も新しい読み取り装置を早急に導入してくるだろう。そのとき、その新しい読み取り装置にNFCでの読み取り機能も付いたものを導入すればいいので、NFC機能つき端末が一気に広がる可能性もある。また、ICを使った端末の場合、決済処理の時間が数秒と長くかかることから、ユーザーがモバイル・ペイメントを志向する可能性もある。

Samsung Payがサポートする銀行を増やし、知名度を上げるのが早いか、それともNFC機能を持つ支払端末が広がり、Apple PayやAndroid Payが広がるのが早いか。どちらになるか、わからないが、スマートフォンだけでなく、Apple Watchなどのスマートウォッチでも、同様のモバイル・ペイメントが可能になるなど、その便利さは、増している。これから、米国でもいよいよモバイル・ペイメントが広がっていくという環境は、整ってきているようだ。

  黒田 豊

(2015年12月)

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