コロナ禍の中、スタートアップ企業をとりまく状況

新型コロナウィルスCOVID-19の流行は、少し落ち着いたかと思ったら再び増加に向かっているようで、ワクチンや治療薬ができるまで、しばらくはこの状況が続きそうだ。そんな中、シリコンバレーに多く存在するスタートアップ(ベンチャー)企業は、どのような状況に置かれているのだろうか?

私も以前、スタートアップ企業に籍を置いていたことがあるのでよくわかるが、まずは資金調達が成功に向けての大きな鍵の一つだ。スタートアップ企業への投資は、コロナ禍の中でどのような状況だろうか? 7月に入り、今年前半の状況が見えてきた。おそらく多くの人が予想したように、北米でのスタートアップ企業への投資は、昨年に比べると低下している。その数字は今年前半でおよそ640億ドル、昨年同期から約10%の低下だ。

確かに低下はしているが、それほど大きな落ち込みとはなっていない。実際、2年前の同時期は630億ドルだったので、それよりは若干上がっている数字だ。また、昨年前半から後半にかけて、すでに5%ほど低下していたので、その下降傾向の続きという程度のものだ。そして3年前と比べると、2017年前半の投資額は430億ドルだったので、それに比べれば1.5倍近い数字で、決して悪い数字とは言えない。

とはいえ、スタートアップ企業に投資するベンチャーキャピタルの人たちの話を聞くと、投資先への見方は、以前に比べるとかなり厳しいものとなっている。ここ数年は世界的な金融緩和の流れから投資資金が豊富で、株価も上昇し、スタートアップ企業への投資も活発だった。その結果、投資先の評価もややもすると甘くなっているものもあったが、今回のコロナ問題で、そこはかなり変わってきているようだ。やはり先が見えないので警戒感が高まった、ということが大きな要因だ。

もともとスタートアップ企業への投資では、その会社の持っている魅力、成長性、ユーザーへの魅力、顧客獲得状況、市場の成長性、実際に具体的な問題に対してソリューションを提供しているか、利益が出ているか(または近々出る予定か)などいろいろな観点から評価されるが、その見方がいままでより厳しくなってきた。たとえば、ユーザーは本当にその製品・サービスを必要としているか、単に「あるといいね」レベルのものは、コロナ禍の中で成功するには不十分ということだ。会社の利益に関しても、同様に厳しい目が向けられている。そして、コロナによって大きく変わった世の中で、継続して生き残り、成長していくことができる会社か、ということがキーとなる。

そのため、会社を立ち上げてしばらく経ち、事業が軌道に乗ってきたような会社への追加投資は比較的順調だが、まだよちよち歩きのスタートアップ企業への初期段階(Early Stage)や、それよりさらに前のSeed段階の投資は、かなり制限がかかっている模様だ。このあたりへの今年第2四半期の投資は、昨年同期に比べ前者では投資件数が37%ダウン、後者では62%ダウンと大幅に下がっている。

スタートアップ企業への投資を全般的に見ると、このような状況だが、すでに以前のコラムでも書いているように、観光、小売などコロナ問題で大きな打撃を受けた業種もあれば、テレビ会議システムや宅配など、コロナが追い風になっている業種もあるので、一概にスタートアップ企業をとりまく状況を評価することは難しい。

全体としては、ベンチャーキャピタルが投資に慎重になっていることは間違いないが、その一方、現在のコロナ禍の状況を、スタートアップ企業にとっての、そしてそれらに投資するベンチャーキャピタルにとっての、大きなチャンスととらえている人たちも少なからずいる。それは、コロナ問題で世の中が大きく変わり、人々の考え方が大きく変わったからだ。

現在起こっているのは、リモートワークや遠隔診断など、これまでも言われていたが、なかなか進んでいなかったことが急激に進んでいる、というものだ。今までこのような新しいことに否定的だった人たちも、今回のコロナ問題で、実際やるしかない、という状況になり、いざやってみたらメリットが多く、問題もそれほど大きくないということが実感できた。その結果、人々の考え方が大きく変わった。

そうなると、今度はこの新しい環境、人々の新しい考え方のもとで、さらに新たな製品やサービス、新しいビジネスがどんどん起こってくるのではないか、ということだ。そして、それはおそらく新興のスタートアップ企業から出てくるのではないかと、ベンチャーキャピタリストは考えている。彼らの目から見ると、今は世の中が大きく変わるとき、そんなときは、イノベーションを起こすスタートアップ企業にとって、大きなチャンスと見えているのだ。

これまで、シリコンバレーにあるベンチャーキャピタル会社は、話を聞く機会の多いシリコンバレーに本社のある会社への投資が多かった。世界の他地域のスタートアップ企業に投資する会社もあるが、その会社の評価のために海外出張するのは、時間もコストもかかり、海外企業への投資はそれほど多くなかった。しかし、今回のコロナ問題で、近くにある会社と話をするにも、テレビ会議で行っている。ということは、シリコンバレーにある会社とミーティングするのと、日本やヨーロッパにある会社とミーティングするのでは、時差という問題を除けば、ほとんど違いはなくなってしまった。しかもテレビ会議で十分必要なやり取りができることも、実際やってみてわかった。

スタートアップ企業が提供するものがハードウェアの場合は、それを実際に手をとってみることができないという問題はあるが、ソフトウェアやサービスでは、ほとんど問題がない。実際にその会社に行ったほうが、その会社の雰囲気などわかっていいと以前は感じていたが、いまはテレビ会議だけでも十分と考えるようになってきたという。実際、一度も直接会わず、テレビ会議を何回か行うだけで投資を決めたことも何回かあるとの話だ。コロナ問題で人の移動がなくなり、グローバルな活動が難しくなったと思われがちだが、むしろテレビ会議でも十分だとわかり、逆に世界が小さくなり、気持ちの上でのグローバル化が、さらに進んだという人も少なくない。

コロナで大きな被害を被っている業種や、実際に感染して大変な目に合っている人たちも多く、コロナ問題が一日も早く解決してもらいたいと願うことはもちろんだ。しかしその一方、コロナによって人々の考え方が大きく変わり、そこにイノベーション、そして新しいビジネス・チャンスが巡ってきているという、ポジティブな面があることも、スタートアップ企業ならずとも、忘れず生かしていきたいものだ。

  黒田 豊

(2020年8月)

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