AppleとIBMの理想的なカップル誕生

7月15日、米国で、そして、おそらく世界中で大きな話題となった、AppleとIBMの提携が発表された。大きな話題となった理由のひとつは、この2社がパソコン市場に出始めた初期のころ、敵対するライバルだったからだ。パソコンで先行したのはAppleだったが、1981年、遅ればせながらパソコン市場にIBMが登場したとき、Appleが新聞紙上に出した全面広告が有名だ。その言葉は、“Welcome IBM, Seriously”。その後も1984年の全米フットボール決勝戦スーパーボールで、AppleがIBMを皮肉る広告を出すなど、激しいやりとりをしていた。その2社が提携することに、大きな時代の変化を感じた人たちも多い。

AppleとIBMの昔の関係は、このように競合関係だったが、今回の提携を見ると、理想的なカップルの誕生、という印象だ。そう感じるのは私だけでなく、市場関係者の多くも、そのような感想がほとんどだ。提携の内容を見ると、IBMは企業向けにAppleのiPhoneとiPadを販売し、24時間サポートも提供する。また、Apple iOS向けにIBM MobileFirst for iOSというプラットフォームを作り、企業向け業務アプリをAppleとともに構築する。すでに100を越えるビジネス向けアプリを開発中という。そして、これらiPhone、iPadで動くアプリは、IBMのクラウドでの分析など、あらゆるアプリケーションにつながり、連携してソリューションを提供する。

IBMは企業向けITビジネスでは、長年トップを走り続けており、今でも企業からの信頼は厚い。しかし、長く販売していたパソコン事業は2005年に中国のLenovoに売却、スマートフォンやタブレットは、持っていない。ユーザーとの接点となるパソコンやモバイル端末では、何もビジネスを行っていないのが現状だ。一方Appleは、iPhone、iPadで、その使いやすさや斬新さから、一般消費者の心をつかんでいるが、企業向け市場には、まだ十分に入っていけていない。そして、iPhoneやiPadの売れ行きも、新興国ではまだ伸びているものの、米国などの先進国では鈍化しており、スマートフォンでは、GoogleのAndroid OSを使ったものに、大きく市場シェアで差をつけられているし、タブレットでも、そろそろ追いつかれている。そこで、今後Appleの市場の伸びは、企業向けに大きな期待がかかる。

そして、世の中は、パソコンを大型サーバーにつなげて使う時代から、スマートフォンやタブレットをネットワークにつなげ、クラウドにあるサーバーからサービスを提供する形に大きく変化しつつある。これまでのパソコンの世界では、MicrosoftがWindows OSで市場を圧倒していたが、そのMicrosoftは、スマートフォン、タブレットで大きく遅れをとり、Apple、Google陣営に追いつく様子は見えない。そんなとき、AppleとIBMの提携は、まさしくお互いの持っているものを持ち寄り、持っていないものを補完する、理想的なマッチングだ。両社のCEOも、パズルの組み合わせで、ぴったり合う組み合わせだと言っている。

このAppleとIBMの提携で最も大きく影響を受けるのは、GoogleとMicrosoftだ。GoogleはスマートフォンではAndroid OSが市場を圧倒し、タブレットでもAppleを追い抜こうとしている。6月の開発者向けコンフェレンスGoogle I/Oでも、Androidによるエコシステム実現に向けて動いていることは明確であり、企業向け市場も、当然その視野に入っている。企業向け市場で大きな強みを持つIBMとは、GoogleもAppleの代わりに提携したかったのではないだろうか。

IBMがGoogleではなく、Appleを提携先に選んだ理由は、いろいろあるだろうが、ひとつには、GoogleのAndroid OSが市場で大きなシェアを持っていると言っても、Android OSを使ったスマートフォン各社は、それぞれAndroidに変更を加えているため、アプリによって、A社のスマートフォンでは動いても、B社のものでは動かない、という問題が生じる場合があることが上げられる。したがって、仮にIBMがGoogleと提携した場合は、主だったメーカー各社のスマートフォン、タブレット用にそれぞれアプリを構築し、それぞれについて十分なテストをする必要がある。これは時間も、そしてコストもかかる大きな問題だ。

もうひとつ、IBMがAppleとの提携に傾いた理由としては、企業のなかで、すでにスマートフォンやタブレットを活用する動きが出ているが、そこで使われているものは、Appleのものが多いという点だ。したがって、IBMがAppleと提携してくれれば、すでにiPhoneやiPadを業務向けに使い始めている会社にとっては、とても便利だ。この点も、IBMがAppleとの提携に進んだ理由のひとつだろう。

また、企業で使うパソコンは、会社が社員に提供する場合が多いが、スマートフォンやタブレットの場合は、すでに社員がそのようなものを持っている場合も多く、それを仕事でも使うことを許可するシステムをとっている会社も多い。Bring-Your-Own-Device (BYOD)と呼ばれるやり方だが、ここで大きな問題のひとつに、セキュリティがある。個人のスマートフォンやタブレットを会社のネットワークにつなげると、そこからコンピューター・ウィルスなどが入ってくる可能性があるからだ。実際、企業でAndroid OSを使ったスマートフォンやタブレットがあまり使われていないのは、セキュリティ上の問題から、企業がそれを許していない場合が多いからだ。今回のAppleとIBMの提携の中には、Apple-IBM相互間のセキュリティの強化もうたわれており、企業にとって、この提携は、その意味でも大変都合がいい話だ。

Microsoftは、これまでパソコン時代には、ある意味IBMとうまく共存していたところがあり、また、Windowsパソコンは企業での標準として使われてきたと言っていい。したがって、消費者向けで出遅れたスマートフォンやタブレットでも、少なくとも企業向けは、これまでの強みを生かし、販売していこうとしていたところだった。その矢先、IBMがAppleと組んでしまったことは、これから企業向けのスマートフォンやタブレットで挽回を図ろうとしていたMicrosoftにとって、大きな痛手に違いない。

さて、このAppleとIBMの提携には、今回の発表にある内容だけでなく、将来の更なる発展が期待される。その大きな期待のひとつは、IBMのワトソンと、AppleのSiriの連携だ。IBMのワトソンについては、2013年7月に、「IBMワトソンが拓く新時代のコンピューティング」ですでに書いているが、ビッグデータ分析を含め、高度な次世代につながるAI技術を使った分析を行うものだ。ただ、今のところスマートフォンやタブレットから使えるようには、なっていない。これに対し、Siriは、音声認識を含む使い易いユーザーインターフェースを持ち、パーソナル・アシスタントとしてユーザーをいろいろな形で支援してくれる。このワトソンとSiriがうまく協力して作業を行ってくれれば、その利用範囲は大幅に広がることが期待される。

また、6月はじめのAppleの開発者向けコンフェレンスApple WWDCでは、新しいウェアラブル端末の発表こそなかったものの、医療関係機関との提携が発表され、秋に発表があると予想される新しいウェアラブル端末の重要な用途のひとつが、ヘルスケアであることは、ほぼ間違いないと思われる。これに対し、IBMがワトソンの活用で、最初に取り組んでいる分野も、ヘルスケアだ。すでに大手病院や健康保険会社と組み、病気の種類の特定や、ガンに対する最善の治療方法の提案などに使われ始めている。これにAppleのウェアラブル端末からの情報を組み合わせられれば、ヘルスケアでのワトソンの用途も、また、Appleのウェアラブル端末の用途も大きく広がる。

このようにAppleとIBMの今回の提携は、両社にとってのメリットも大きく、また企業ユーザーにとってもメリットがあり、さらに大きい将来の広がりも期待できる理想的なものといえる。しかし、AppleとIBMでは会社のカルチャーなども大きく違う可能性があり、実際にこの提携が、ここに書いたようにうまく行くかどうかは、今後それを実行していく両社にかかっている。多くの人たちが期待を寄せる今回の提携、ぜひうまく実現してほしいものだ。

  黒田 豊

(2014年8月)

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