スマートフォンは20年前から存在していた??

毎日来るメールマガジンの中で、「20才を迎えたスマートフォン」というタイトルが目にとまった。スマートフォンが誕生してから20年? 私の記憶では、スマートフォンの始まりはiPhoneであり、それは2007年に発売されたものだ。まだ5年しか経っていない。そこでこの記事を読んでみると、iPhoneよりずっと以前にIBMが発表したSimon(サイモン)のことが書かれてあった。正式名はIBM Simon Personal Communicator。

その記事によると、Simonが発表されたのは1992年11月23日、当時ITやコンシューマー・エレクトロニクスの一大イベント(ビジネスショー)だった、米国ラスベガスでのCOMDEXでのことだ。ちなみに、COMDEXは2004年秋の開催が中止され、その後実施されていない(2004年7月の当コラム記事「中止が決まった今年のCOMDEX」参照)。最近ウェブ上で再開しているようだが、あまり大きなものにはなっていない。

Simonについて、この記事では実物の映像を含めて紹介しており、それを見ると、たしかにスマートフォンといえる機能を持っている。タッチスクリーン(Stylusペン使用を前提としているが指でも可)、スクリーン上に表示されるキーボード、メール機能(アドレス帳付)、カレンダー機能、ノートパッド、手書き用スケッチパッド、それに今のスマートフォンにはないファックス送受信機能も持っている。また、その販売方法も、電話会社と2年契約を結べば安価になるという、現在のスマートフォンと同じ売り方をしていた。

Simonはこのようなスマートフォン機能をもち、実際に販売されたのは1994年8月からだったが、残念ながら製品としては成功しなかった。その理由はいくつか挙げられるが、たとえば、大きくて重すぎたこと、バッテリーの持続時間が短かったこと、高価だったこと、また、IBMがそもそもそれほど本気で販売しようとしなかったことなどがあるが、一番大きいのは、まだインターネットが世の中に広まっていなかったことだろう。そのため、ブラウザーもなく、インターネット経由で使えるアプリなども存在しなかった。その結果、5万台を売っただけで、わずか6ヶ月で市場から撤退している。

さて、このSimonの失敗、そしてその10数年後のiPhoneの大成功を見るとき、考えなければいけないことが一つある。それは、製品やサービスの「市場への投入タイミング」の問題だ。これまでも、たくさんの製品やサービスが世の中に一度出て失敗し、その何年か後に大きな成功を収める、というケースが見受けられる。そして、その多くの場合、最初に製品やサービスを出した会社と、その何年か後に同じような製品やサービスを出して成功した会社は、全く別な会社だということだ。いかに新しい製品やサービスのアイディアがよくても、それをユーザーにとって意味あるものとし、広く使われるためには、技術がそこまでたどり着き、また、環境が整わないと成功しない、ということだ。

他の例を挙げてみると、そのひとつにIP電話がある。IP電話はインターネットが一般に使われ始めた当初から、その可能性が言われ、長距離電話代が不要になるということで、実際にそのような製品を出す会社もあった。しかしながら、最初は全く使う人がいなかった。その大きな理由は、IP電話の品質にあった。人はすでに通常の電話を長く使っているので、その品質に慣れており、IP電話にも同じレベルの品質を期待した。ところがインターネットがはじまったころの回線速度と言えば、電話回線にモデムを付けて使う、極めて遅いものだった。今は毎秒数十メガビットから数百メガビット、日本ではギガビットまで登場している世の中だが、そのわずか千分の一ほどの速さだったりしたので、音声をIP化して送信すると、会話がとぎれとぎれになったり、音声のやりとりのタイミングが不自然になるなどして、とても普通の電話とは比較にならない品質だった。そのため、当初のIP電話は、ほとんど広がらなかった。要するに、「技術的に可能だが、使い物にならない」という状況だったわけだ。

ところが今は通信回線も高速になり、音声のやりとりも自然にできるよう技術も発展し、通常の電話とほとんど変わらない品質でIP電話を使うことができる。そのため、いまやIP電話は当たり前の時代になった。

新しい製品やサービスを市場に投入した場合、このように市場に対してタイミングが早過ぎると、せっかくのいいアイディアでも、成功しないで終わってしまう場合が多い。失敗理由は、その製品やサービスのための技術の未熟さの場合もあるし、環境が十分に発達していないことによる場合もある。Simonの場合、成功するためには、もっと技術が進んで、製品が小型軽量化し、安価になる必要があったし、インターネットの普及も必須だった。

既存大企業がこのような新製品やサービスを世の中に出し、失敗した場合どうなるか。よくあるケースは、プロジェクトの失敗として片付けられ、プロジェクト・チームは解散、その後この会社では、この製品やサービスについて語ることがタブーにさえなる場合も多い。しかし、実はここに大きな落とし穴がある。せっかく持っていた技術を、もう少し発展させれば、そして周りの環境が整えば、将来成功し、大きなビジネスにもなる可能性があったのだ。にもかかわらずプロジェクトは解散し、もう誰もその会社ではその製品・サービスについて語らなくなってしまったので、この会社でこの分野での成功はなくなってしまう。とてももったいないことだ。

これを防ぐためには、どうすればよいか。新しい製品・サービスが失敗に終わった場合、その原因は何か、どのような技術進歩があれば、成功に結びつくか、どのような環境変化(例、インターネットの通信回線速度が数メガビット・レベルになる)が起これば成功に結びつくかを分析し、社内で実現できること(例、研究開発で技術を先に進める)は実施し、自社でコントロール不可能な環境の発展を待つ必要があれば、それを待ちながら、タイミングを見計らって再度類似製品・サービスを市場に投入できるよう、何らかの形で、小規模でも開発体制を残しておくことが大切だ。

私は仕事上、これまでいろいろな会社を見てきたが、これができている会社はとても少なく、ほとんどないと言ってもいい状況だ。社内的に、このような体制を実現することが難しいのはわかるが、何とかそのような仕組みを作り上げ、せっかく世の中の先頭を切って製品・サービスを出した優位性を生かしてもらいたいものだ。

これが大企業ではなく、ベンチャー企業の場合はどうか。この場合、プロジェクトを温存して市場のタイミングを待つ、などということは、そもそも不可能に近い。最初に成功しなければ資金も尽き、会社として存続できなくなる可能性が高い。この場合の可能性としては、将来までその技術を温存してもらえる大企業を見つけ、そこに買収してもらうことが考えられる。その時点では失敗している製品・サービスなので、高額な買収になる可能性は低いが、技術の存続、また社員の雇用を維持するという意味で、メリットはあるだろう。

新しい製品やサービスを世の中に出し、成功するためには多くの要素が必要になるが、市場のタイミングとうまく合致することは、その重要な要素のひとつだ。新しい製品・サービスのアイディアで面白いものが考えられた場合、すぐにも市場に投入したいと思うのは人情だが、市場のタイミングをよく見ることも忘れてはならない。

  黒田 豊

(2012年12月)

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