年末に向けての激戦タブレット市場

10月22日、ひと月前のiPhone 5s、5c発表の余韻さめやらぬ中、Appleは新しいタブレットiPad AirとiPad Miniの新しいバージョンを発表した。タブレット市場が本格的に注目されはじめたのは、2010年3月のApple iPadの登場による。それ以前にもタブレットといわれるものはいくつか存在していたが、ことごとく失敗していた。しかしながら、iPadはiPhoneなどによるApple人気と、技術や市場の成熟とあいまって、大成功を収めた。

2010年3月の時点では、Appleが狙っていた、iPadはこれまでのメディア(新聞、雑誌、テレビ、等)の消費の仕方を大きく変えるもの、ということの実現に必要だったコンテンツ会社との契約が成立しておらず、iPodが音楽業界を大きく変えたようなことはすぐには起こらず、iPadがどれくらい売れるかについては、疑問が残っていた。しかし、Appleはその予測を覆し、見事に新しいタブレット市場を構築した。そして、iPhoneが1億台売れるまでに4年弱かかったのに対し、iPadはわずか2年半で1億台販売を達成した。今までに1億7000万台売れたという。

iPadは、Appleが当初予定していた、新聞、雑誌、テレビ番組などのメディア、また書籍等を見るという使い方だけでなく、製品保守、医療、小売などの現場での利用、さらに教育現場での利用も大きく拡大し、当初あまり期待されていなかった分野でも使われるようになった。ゲームにも多く使われていることは、言うまでもない。

このiPadの成功で、タブレット市場に多くのメーカーが参入し、現在では、GoogleのAndroid OSを使ったもの、MicrosoftのWindows OSを使ったもの、またe-bookからはじめたAmazonからのもの(OSはAndroidだが、独自に多くの改良を加えているため、Android系メーカーとは、分けて見られる場合が多い)などで、市場はにぎわっている。タブレット市場全体で、2013年第3四半期だけで出荷台数は4760万台となり、1年前に比べ37%アップしている。

スマートフォン市場では、SamsungがすでにAppleを追い越し、Appleの市場シェアは20%を切っているが、タブレット市場でも、他社の追い上げを受け、Appleの市場シェアは、まだトップを維持しているものの、2013年第3四半期で30%を切った。1年前には40%以上のシェアを持っていたので、大きくシェアを下げたことになる。2位は昨年の12.4%から20.4%にシェアを大きく伸ばしたSamsung。3位から5位までには、Asus、Lenovo、Acerという中国/台湾系のメーカーが名前をつらね、日本メーカーやパソコン大手のHP、Dellなどは、「その他」に入っている状況だ。

多くのメーカーがタブレット市場で戦っているが、よく見ると、その戦略、ビジネスモデルにはいろいろな違いがある。収入モデルとして考えられるものとしては、ハードウェア収入、ソフトウェア収入、コンテンツ販売収入、広告収入などがある。また、タブレットをどのような使い方をするかによっても、ビジネスモデルが変わってくる。タブレットそのものとして使うもの(e-book、モバイル・ゲーム機として使うものを含む)、パソコンの代わりとして使うもの、パソコンと連携して使うもの、スマートフォン兼用として使うもの(phablet)、などさまざまだ。

まずAppleの戦略を見ると、今回注目されたのは、新しいiPad Miniの価格が、これまでのものに比べ$70高くなり、ベースモデルで$399になっていることだ。もちろん機能は向上しており、新しいiPad Airと同じ高速64ビット対応のA7チップ採用、Retinaディスプレイの採用、10時間のバッテリー寿命などもあるので、価格を上げるだけの価値は付けているということはできる。

しかしながら、Amazonを見ると、Kindle Fire HDXが$229、旧モデルのKindle Fire HDは$139と、iPad Miniにくらべるとかなり安く設定されている。Appleで低価格のものを買おうと思えば、旧モデルのiPad Miniが$299と若干値下げされて提供されているものを買うことになる。Appleは、1ヶ月前のiPhone発表のときにも、低価格のiPhone 5cを発表したものの、価格は市場をガッカリさせる比較的高価格のものだった。そしてそのときのCook社長の説明は、Appleは低価格のジャンク市場で戦うつもりはない、というものだった。今回のiPad Air およびiPad Miniの発表で、Appleは市場を大きく2つに分け、Appleの戦う市場はハイエンド市場と明確に定めているようだ。パソコンの世界でも、MacがWindows系のパソコンに比べて高価なのは、今に始まったことではない。コンテンツなどの販売も大切だが、iPadそのものでもしっかり利益を上げる、というスタンスだ。

Appleは、製品台数での市場シェアを追うのではなく、使っている人がどれくらい満足して使ってくれているかを重視し、製品の販売でも利益を出そうという戦略だ。実際、今回のiPad発表の場でも、Cook社長は、iPadの台数シェアではなく、利用シェア(usage share)が81%と市場で圧倒的に高いと強調している。iPadの使い方としては、タブレット単体、またはMacとの連携利用という形態が中心に見える。

これに対し、AmazonはAppleの対極に近く、ハードウェアの価格は低く抑え、そこでの利益は求めず、Amazon.comから購入してもらう電子書籍やビデオ・コンテンツ等の収入をビジネスモデルの中核に置いている。使い方としては、タブレット単体が中心になる。

一方、Microsoftは、パソコンのソフトウェアでの強みを生かし、当然パソコンとの連携を中心に置いている。最近発表された自社ハードウェアSurface 2 およびSurface Pro 2を見ても、それは明確だ。これは、パソコンを使っているビジネスユーザー等の市場を強く意識したものだが、単にタブレットを売るための戦略というよりも、パソコン市場を守るという意味もある。ただ、パソコンと完全な互換性を持たせるためには、Surface Pro 2が必要になり、価格もパソコン並み、重さもiPadの約2倍と、タブレットとしては、少々重たい。また、Microsoftはこの市場に遅れて参入したため、使用できるアプリがAppleやAndroid系に比べると大幅に少なく、タブレット単体として使う場合を考えると、これらに劣るのは否めない。Microsoftは他のハードウェア・メーカーにもソフトウェアを有料で提供しているため、ソフトウェアが無料で提供されているAndroid系や主なソフトウェアを今月の発表で無料にしたAppleに対して、ここでもハンディを背負っている。

Android系では、Googleがソフトウェアを無料で提供し、広告収入で儲けるモデルをタブレット市場でも行っている。Google自身はそれで問題ないが、Android OSを使ったタブレットを販売するハードウェア・メーカーは、一部Samsung製品に見られるような、高機能によるハイエンド市場を狙うか、価格競争に走るかの選択となっている。多少機能に不満はあっても低価格のタブレットを購入したいというユーザー層は存在し、台数的には、これが今後広がっていくだろう。市場シェア3-5位に中国/台湾系のメーカーが名前を連ねているのも、うなずける。

市場シェアの「その他」に入ってしまっている日本メーカーやHP、Dellなどの大手パソコンメーカーは、価格競争では中国/台湾系メーカーと戦うのは難しく、一方ハイエンド市場で勝負するには、市場での出遅れと、OSをGoogle AndroidやMicrosoft Windowsなど他社に依存してしまうことにより、独自性が出しにくく、また自社でハードウェアを販売しはじめているGoogleやMicrosoftとの競争も厳しいものとなっている。タブレット市場の今後を占う上で、これからの年末商戦は、各社にとって正念場だ。

タブレットを新たに購入、または買い換えるユーザーにとっては、iPadが世に出てから3年半、タブレット購入の選択肢は大きく広がった。それぞれのメーカーにはそれぞれ狙っている市場、戦略、ビジネスモデルがある。ユーザーとしては、タブレットを「どれも同じようなもの」などと見ず、どのような形で使いたいか、また、高機能高価格のハイエンドのものを買うのか、低価格を重視するのか等を十分考え、それに見合ったメーカーの製品を選択する必要がある。私の理想は、タブレット単体として使いやすく、出張時にはオフィスのWindowsパソコンとうまく連携がとれるタブレットだが、その理想どおりのものは、残念ながらまだ見つかっていない。

  黒田 豊

(2013年11月)

ご感想をお待ちしています。送り先はここ

戻る