Appleは今も、そしてこれからも魅力的な会社か?
9月12日、Appleの新製品発表が行われた。中心はApple
Watchの新シリーズ9とiPhone15。発表の最初は、この2つの製品が人々を健康その他の危機から救った話から始まった。iPhone15では、カメラやバッテリーなど、いろいろな機能の改善はあるものの、画期的なものは、あまり見当たらない。大きな変更といえば、チャージに使われるインターフェースが、これまでのApple独自のものから、業界標準で使われているUSB-Cに変わったことだ。翌日の新聞等での評価も、「大半はincremental
improvements(少しの進歩)」というレベルだ。当日のApple株価も、新製品発表日にもかかわらず、1.7%ダウンしてしまった。9月末には4.5%ダウンとなっている。
1976年、Steve Jobsと技術パートナーのSteve Wozniakによって設立されたAppleは、Macを始め、iPod、iPhone、iPadと、いくつもの時代を変えるような製品を世の中に出し、まさしくイノベーティブな会社の代名詞のような、とても魅力的な会社だった。Mac(正式名はMacintosh)は、それまで一般消費者は見たこともない、マウスとそれを使ったGUI
(Graphical User Interface)という、とても操作性のいい機能を持つパソコンとして、一躍有名になった。Microsoftが本格的に市場に受け入れられたWindows3.0を発表する6年前のことだ。
iPodは、インターネットから簡単に楽曲を購入し、利用できる音楽端末として、それまでSonyがWalkmanで市場を持っていた携帯音楽端末の世界でトップに立った。そしてiPhoneは、そのiPodに携帯電話機能を加え、さらにアプリという概念を作り、現在のスマートフォン隆盛のさきがけとなった。2007年に発売されたiPhoneは、発売10週間で100万台を越え、いまでもAppleの売上の50%近くを占めている。
これらは、まさしくAppleがイノベーティブな会社と言われる所以だが、Appleはこれらの製品のもととなる技術を自分たちで作ったわけではない。Macの場合、そこに使われているマウスやGUIの概念は、SRI Internationalという、私が以前勤めていた会社で、Doug Engelbartを中心とするメンバーが作り上げたものだ。彼らが1968年にSan
Franciscoで行ったデモは、いまでも「The Demo (The Mother of All Demos)」と呼ばれ、その衝撃が語り継がれている。そして、その技術を使った高額でビジネス向けの最初の製品Star Systemを作ったXeroxのデモを見たSteve Jobsが、このアイディアを生かし、一般ユーザー向けに「ひとひねり」して開発したのがMacとなった。
iPodの成功も、SonyがWalkmanで成功していた携帯音楽端末の世界に、iTunesという概念を加え、それまで10数曲入ったCDなどでしか購入できなかった楽曲を、1曲ずつ安価(当時$0.99)に、しかもオンラインでダウンロードする形で購入できるようにしたことが、大きな勝因となった。これも、Sonyのこれまでの携帯音楽端末ビジネスに、Apple得意の「ひとひねり」を加えた結果だ。
iPodが登場し、すでに人々が使い始めていた携帯電話と、2つの携帯端末を持ち歩くのはわずらわしいと多くの人が考え、その2つを合わせた携帯端末に期待がかかっていたとき、AppleはiPhoneを登場させた。ただ単にこの2つの機能を合わせた端末ではなく、さらに「ひとひねり」を加え、アプリという概念を登場させた。その後、半導体チップの性能向上などもあり、いまやiPhoneなどのスマートフォンが、パソコンの代用になる場合が多くなり、インターネットに接続することにより、「いつでも、どこでも」あらゆることが出来る世界が広まった。
これらを見ても、Appleはイノベーティブな会社だが、新しい技術を作り上げた技術イノベーションの会社ではなく、既存技術を利用し、すでに存在するビジネスに「ひとひねり」を加えた「ビジネス・イノベーション」が得意な会社だということがわかる。そして、その中心にいたのは、「目利き」力のあるSteve Jobsだ。彼は闘病中に現在の社長であるTim
Cookを次のトップに指名した。CookはJobsのような、理想的なものを描き、それを実現する新しい概念を次々に世の中に出すような経営者とは異なり、現実を見ながら、最大限の売上、利益を追求する「実行の人」だ。
Steve Jobsが、このような自分とは異なるタイプの人間を後継者に指名した理由はわからない。もしかすると、自分に似たタイプの人間が、Apple内にみつからなかったのかもしれないし、会社をこの先伸ばしていくには、新しいものを次々に出すよりも、堅実にビジネスを広げていく人のほうがいいと考えたのかもしれない。
Tim CookがAppleの指揮を取り始めてから早や12年になる。その間に発表された新しい製品としては、2015年のApple Watch、つい最近の拡張現実(Augmented Reality : AR)向けヘッドセットのApple Vision Proがあるが、以前から何度もうわさになっていた本格的なテレビ(現在のApple
TVは、テレビをインターネットに接続する装置にとどまっている)や、車などは、まだ発表に至っていないし、すでに消滅してしまっているのかもしれない。Apple Watchは、2022年に5400万台近く売れ、発売当初からの累計は2億3000万台に達するが、iPhoneのようにスマートフォンで新しい世界を開いたようなものには、なっていない。
製品よりも、むしろ既存Apple製品ユーザー向けのサービス・ビジネスへの展開が、多くみられる。2014年に発表されたApple Payとそれに関連して2019年に発行したApple Card、2015年に始まったApple Music、2019年に開始したApple
TV+などだ。これらサービス・ビジネスからの売上は、いまやAppleの売上全体の1/4を超えている。いずれも他社のサービスが既にある市場への参入だが、Appleの既存ユーザーベース、ブランド力を活かした事業という意味で、ビジネス的にはとても納得のいくものだ。
これらのビジネスを加え、Tim Cookが指揮を取り始めてからの12年で、売上、利益とも4倍近くになった。そして株価も大きく上昇し、時価総額は一時3兆ドルを超えた。現在は少し下がって2.7兆ドルほどだが、2011年のCEO就任時に比べ、7倍以上になっている。ビジネス的には、Steve
Jobsの後を継ぎ、見事にAppleの成功を継続させ、さらに発展させている。Appleは、株主にとって、今も、そしてこれからもしばらくは魅力的な会社と言える。
ただ、昔からのAppleファンで、Steve Jobsの斬新な新製品発表、Next Big Thingを楽しみにし、発売初日にはApple
Storeに並んだような人達にとっては、Appleは少々つまらない、普通の会社になってしまった気もする。この先、Appleはまた斬新な製品を発表するような、イノベーティブな会社に戻るのか、それとも既存ユーザーベースを活用し、サービス・ビジネス等を拡大することに力を入れる会社に変わってしまうのか。今後のAppleの動きに注目したい。
黒田 豊
2023年10月
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