大きく変わる「働く環境」で、どのように働くか
2020年春、コロナ禍が始まったころ、米国で、そして世界で、働く環境は多くの人にとって厳しいものだった。店などが長い間オープンできず、そこで働く人達が職を一時的に、あるいは恒久的に失った。政府からのコロナ対策支援金、失業保険の給付期間延長などで何とか生活を維持してきた人達も多くいる。
さて、2022年2月になり、この状況はどう変わってきたか。コロナ禍は何回かの波を受け、昨年末からのオミクロン株により感染者数は再び増加したが、ワクチン接種の広がりとともに重症化率は下がり、まだコロナ禍終息とまではいかないが、以前に比べると落ち着いている感がある。米国では、閉まっていた店やレストランなども次々にオープンし、活況を呈している。
そんな中、働く環境は大きく変わった。コロナ禍で仕事を続けてきた人達は、多くがリモートワークとなり、それを今も一部または全部続けている人達が多い。このリモートワークを含めた働き方が、コロナ後どうなっていくか、昨年春ころから大きな話題となっている。それに加え、昨年後半には、米国でThe Great
Resignation(大量辞職)という現象が起きている。一体これからの「働く環境」はどうなっていくのか、そして個人個人はどのように働くことを考えるべきなのか。
まず、The Great
Resignationだが、昨年後半だけで米国で2000万人を超える人が辞職したという。11月だけでも450万人と、これは記録的な数字だ。米国の就労者数は1億5000万人程度なので、就労者の8人に1人がこの半年で仕事をやめた、という大きな数字だ。これはコロナのために仕事を失った、というものではなく、自ら辞職した人の数なので、その1年前に、仕事を失わないように皆が戦々恐々としていたことを考えると、天と地がひっくり返ったような状況だ。
なぜこのようなことが起こっているかというと、失業して職を探している人より、求人数が上回っていることがある。11月の数字で言うと、求人数1060万に対し、失業者数は690万。失業者一人当たり1.5の求人があるという計算だ。もちろん仕事の内容、給与水準、本人のスキル等の問題で、単純にすべての人に1.5個の応募できる求人があるわけではないが、それにしても失業者にとっては、仕事を探しやすい環境にある。求人側からいうと、ほしい人数が取れない可能性が高く、そのため給料などいろいろな条件をよくする必要に迫られている。
具体的な業種でいうと、レストラン、ホテル、小売店など、これまで閉めていた店がオープンしはじめたことでスタッフが必要になり、人の奪い合いが起こり、待遇の改善があり、求職者側は自分にとっていい条件のところをゆっくり探すことができる。人の動きが活発になり、物流需要が上がったトラック業界、低金利を利用した建設需要の高まりに対応する建設業者なども、同様に人手が足りない業種だ。失業者が仕事をゆっくり探すことができるもう一つの理由は、コロナ対策のための支援金や失業保険の延長給付によって、働かなくても十分生活できる期間が長くとれることも手伝っている。このような状況で、いまの仕事や労働条件に満足していない人達が、「まず辞職する」という行動に出た結果、大量辞職が発生している。
ただ、これらの業界では人手不足がいずれ解消されてくると予想される。また、今後AI
やロボットを使って人の作業を代替する動きもあり、これら職種の高賃金化でそれが加速される可能性もある。したがって、いまの仕事をやめ、次の仕事を見つけないまま時間が過ぎてしまうと、今度はいい条件どころか、仕事そのものが見つからない状況になる可能性も、近い将来十分考えられる。
このような求人数が失業者数より多い業種で起こっていることが、今回の大量辞職の大きな原因の一つだが、全く異なる理由で辞職する人達もいる。ヘルスケア関係者もその一つだ。彼ら/彼女らは、コロナ禍でともかく働き詰めで、いわゆるburn
out状況で辞職する人も多い。小さい子供を持つ母親が、子供のリモート授業参加を手伝うため、辞職せざるを得ない場合もある。また、コロナ禍でリモートワークが一般的になってきた結果、今後もリモートでできる仕事を求めて、別な仕事を探す人も出てきている。このリモートワークが今後どうなっていくかについて、次に見ていきたい。
コロナ後の世界での働き方について、リモートワークが今後も続くのか、それともコロナが終息すれば元のオフィスに戻って仕事するのかが、大きな焦点だ。お店やレストランなど、対面で顧客対応する必要がある仕事については、リモートからの仕事で済むものはほとんどないので、職場に戻ることになるが、問題は一般のオフィスで仕事をする人達が、コロナ後にどうなるかだ。
リモートワークが本格化したころ、多少の混乱もあったかもしれないが、IT技術などの活用で、かなりの会社はスムーズにフルタイムのリモートワークに移行した。そしてリモートワークをやってみると、多くの場合生産性も下がらず、働く時間の自由度が上がり、家族との時間も多く取れるようになり、リモートワークのほうがむしろ快適、と思う人が少なくなかった。あるアンケート調査では、70%の人が今後は100%、あるいはほとんどの時間をリモートワークにしたい、と回答している。時々はリモートワークしたい、という人を加えると、実に95%に上る。
リモートワークを希望する理由としては、通勤時間の削減、働く時間の自由度(flexibility)の高さ、働く環境がより快適(comfortable)、生産性が上がる、などがある。ずっとリモートワークだけでいいのであれば、物価の高い大都市を離れ、環境のよいところに移転したいという人もおり、実際コロナ禍で、少なくとも一時的にそのような理由で住居を移転した人も少なくない。ただ、オフィスでの仕事のほうが仲間意識が上がる、仲間とのコラボレーションがしやすい、ワークライフ・バランスが取りやすいと感じていることも、調査結果に出ている。会社の経営者やマネジメントは、これらオフィスでの仕事のメリットが、リモートワークでは得られにくいと認識しており、何とか社員のリモートワーク志向と、オフィスに来てもらうことによるメリットのバランスを取ろうとしている。リモートワークでは、会社カルチャーの浸透、会社への帰属意識などが下がる懸念もあり、これらの課題への対応は、会社がうまくいくために重要なものだ。
AppleやGoogleなどは、週に2-3日はオフィスに出社してもらう方向で考えている。そもそもGoogleは、社員にできるだけオフィスに長くいてもらい、社員同士のふとしたコミュニケーションから生まれるイノベーションに期待しており、そのために朝昼夜の無料の食事の提供や、エクササイズ施設などを整えているが、完全リモートワークになってしまうと、それが有効に活用されないことになる。
Salesforce.comは、リモートワークを希望する社員に、常時リモートワークを許可するように考えているが、職場のチーム全員がときどき集まり、仕事だけでなく、お互いを知り、信頼関係を構築するための仕掛けも作っている。具体的にはホテル、場合によってはオフィスでチーム全員が、少なくとも3ヶ月に一度は集まることに全員同意するなどしている。別なある会社では、いくつかの都市にアパートを借りて、チームの集まりなどにいつでも使えるようにしている。優秀な社員が辞職を考えないようにしてもらうためには、リモートワークを含め、できるだけ働きやすい環境を提供することが、今後さらに重要となってくる。
会社側はオフィスでの仕事を、社員側はリモートワークを希望している、というのが一般的な構図だが、リモートワークを中心に仕事をする社員の側にも注意が必要だ。それは、会社あるいは職場の中で、オフィスによく出てくる社員と、リモートワークがほとんどの社員がいる場合、どのようなことが起こる可能性があるかだ。当然、建前は両者を公平に扱う、ということだが、Human
nature(人間の本性)として、どうしても近くにいる人と親しくなり、そのような人に頼る傾向がある。これは意識的に依怙贔屓(えこひいき)するわけではないが、自然とそうなってしまう可能性がある、ということだ。結果としてオフィスに頻繁に出てくる社員のほうが、同じレベルの仕事をしているリモートワーク中心の社員に比べ、昇進・昇給の可能性が高くなる、ということが言われている。会社側もそのような差がでないよう、制度的に対応しようとしているが、どこまでできるかは不透明だ。
リモートワークが一般化すると、もう一つ別な大きな変化が考えられる。もともと物価の低い地域に住んでいる人を社員に雇う場合、リモートワークが前提であれば、その地域の物価に合わせた給料でも十分満足して入社してくれる可能性がある。シリコンバレーのような物価の高い地域に住んでいる社員は、それなりに高い給料を得ている場合が多いが、これからはそれより低い給料で採用されるリモートワーク社員と競争することになる。
The Great Resignation、コロナ禍のリモートワークや今後のハイブリッド・ワーク。個人も会社も、自分たちにとっての最善は何か、それぞれの物差しを使いながら考えるときが来ている。そのための時間を作るため、ますは辞職。。。という人もいるのでしょうか。
黒田 豊
(2022年3月)
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