NFTは一過性のブームか、
それとも今後大きく広がっていくか
先月のWeb3についての記事でも少し触れたNFT(Non Fungible
Token:非代替性トークン)について、今月は見てみたい。そもそもNFTとは何か。すでによく知っている人もいると思うが、簡単に言うと、仮想通貨などに使われるブロックチェーン技術を使い、あるデジタル資産を固有のものと証明してくれるもので、基本的に偽造できないものだ。例えば、デジタルアートなどは、そのままだと簡単にコピーできてしまうが、NFTとして登録すれば、固有のものとしてコピーできなくなる。これによって、原本を作成した人の権利を確保することができる。
NFTの歴史は2015年にさかのぼるが、ホットな話題として注目され始めたのはここ1-2年、特に昨年はいろいろなことが起こり、世間を注目させることになった。大きな出来事の一つは、昨年3月に、デジタルアーチストのBeepleという人(本名:Mike Winklemann)が、自分のデジタルアート「EVERYDAYS:The First 5000
Days」で5000日分のデジタルアートをChristie’sというNFTも売買するオークション・サイトで競売にかけたところ、$69
Mil.(約89億円)という途方もない価格で落札されたことがある。しかもこれは、誰でもインターネット上で見ることができるものなのだが、それを所有することに、これだけの金額が支払われたのだ。これを機に、多くのデジタルアーチストたちが自分の作品をNFT化し、販売するようになった。
これまで、デジタルアートを作成しても、簡単にコピーされてしまうため、一人の所有者に限定して販売するようなことは難しかったが、これがNFTによって可能になった。NFT化できるものは、デジタルアートに限られているわけではない。音楽やビデオなども可能だし、仮想空間メタバース(ゲームを含む)内のアバターや、装飾品などにも既に使われている。さらにTwitter社の創業者Jack
Dorsey氏が、自分の初めてのツイートをNFT化し、それを販売したところ、$2.9 mil.の価格が付いた。世の中に多く出始めたNFTを売買するマーケットプレースも、次々に登場している。いま最も有名なのはOpenSea(https://opensea.io/)で、ここに行けば、たくさんのNFTが販売(競売)されている。
NFTの売買は、多くの場合、そのマーケットプレースが扱っている仮想通貨によって行われる。一番ポピュラーなのはEthereumという仮想通貨だ。OpenSeaでも、NFTの価格はEthereumの単位で表示されている。したがって、これらのNFTを購入するためには、まず仮想通貨のEthereumをどこかの仮想通貨交換所で購入し、自分のデジタルの財布(Digital
Wallet)に持つ必要がある。
このNFT市場が2021年に飛躍的に拡大し、世界のNFT取扱高は$41 bil.(約5.3兆円)を超えた(別な調査会社は$22 bil.と推定)と言われる。この急拡大した市場に参入するスタートアップ企業も多く、世界のNFT関連企業が調達した資金は2021年に$1.8 bil.、前年の47倍にあたる。OpenSeaは、2021年7月に$100
mil.調達し、ユニコーン(評価額$1bil.以上の未上場企業)になっている。
デジタルアートに莫大な金額を支払う価値があるのか、という疑問を持つ人も少なくないだろう。正直なところ、私もその一人だ。しかし、デジタルではない、リアルの世界でも、有名アーチストの絵画や彫刻が高額で取引され、また有名な時計、スニーカーなども、もともとの販売価格よりはるかに高い金額で取引されるものがある。たとえば、1985年に販売されたNikeのスニーカーAir
Jordanに、昨年は$20,000の値がついているし、スニーカーの転売市場は2020年に$6 bil.だった。このことを考えると、デジタルのNFTが高額になっても、それほど不思議ではないのかもしれない。
一般企業でも、デジタルなNFTを作って新たなビジネスにしようという動きがある。たとえばスニーカーやスポーツウェアで有名なNike、Adidas、Under Armourなどもデジタル・スニーカーなどをNFTとして販売している。昨年12月にAdidasがNFTを販売したところ、あっという間に売り切れ、$23
mil.の売上があったという。このNFTは$765で販売されたが、その後OpenSeaでは$2,500の値がついているというから驚きだ。まずNFTでデジタルなものを販売し、その後、実際のスニーカーなどを発表して、その購入にはこのNFTが必要になる、というような仕掛けを作る会社も出てきている。
Nikeなど大手各社がNFT市場に参入するのは、その販売による売上だけでなく、さらにそれが市場で転売された場合、コミッションのようなもの、たとえば転売価格の10%がNikeに入る、という仕組みもNFTでは可能という点も大きい。これはデジタル・アーティストなどにとっても朗報だ。
このようなNFTの特性があるため、リアルな絵画にわざわざNFTを付け、それによってその絵画が転売された場合、アーチストに収入が入るようにすることも始まっている。物理的(Physical)なものとデジタル(Digital)なものが融合され、Phygitalなどと言われたりしている。Phygitalにしておけば、本物と贋作を簡単に見分けることができ、転売履歴も明確になり、その取引がやりやすくなる。そして、転売されたときに、もともとの所有者にお金が入る仕組みを作れる。NFTのうまい活用方法だ。
NFTによっては、プライベートなコミュニティーへの参加資格に使われているものもある。その一つにBored Ape Yacht Clubがある。NFTとして購入するのは、それぞれユニークな面白おかしい猿のデジタルアートなのだが、それを購入することにより、このコミュニティーへの参加資格が得られる。メンバーの中には米国プロバスケットボールNBAの有名選手Stephen
Curryも含まれており、彼のイベントへの参加も、このコミュニティに入っていると可能になる。現在、このNFTの購入価格は、ドル換算すると約$200,000となっている。ちなみに、このBored Ape Yacht Clubを運営するYoga Labsは最近$450 mil.を調達し、市場評価額が$4
bil.を超えるユニコーンとなっている。今後独自の仮想通貨ApeCoin、独自のメタバースOthersideを構築し、さらにビジネス拡大を狙っている。
このような状況を見て、米国プロフットボールでスーパーボール優勝7回の経験を持つ有名選手Tom Bradyが設立者の一人となり、共同会長でボードメンバーとなって、Autographという会社も設立されている。多くの有名プロスポーツ選手とともに、選手たちの決定的なシーンなど、いろいろなコレクション・アイテムをNFT化し、販売している。この会社は、昨年設立されたばかりだが、すでに$205
mil.の出資を受けている。
リアルな資産にNFTを付け、取引をしやすくするという点では、不動産にNFTを付ける、ということも始まろうとしている。一見無駄なことのように見えるが、NFT化することによって、売買の中間に入る人達を減らし、煩雑な手続きが簡素化され、不正も起こりにくくなるという。ただ、本格的に利用されるまでには、NFTを使った取引が法律的に認められる必要があり、まだ少し時間がかかりそうだ。これ以外にも、出生証明書、結婚証明書、パスポートなどをNFT化して、処理を簡素化することも考えられている。
さて、このような状況のNFT市場は、今後どのようになっていくだろうか。いまは市場が過熱気味であることは間違いなく、そのため、NFTが驚くような価格になっている。それでも購入者がいるのは、その価格がこれからさらに上がるだろうという投資家心理が働いているからだろう。しかし、すでにバブルとみる向きもあり、実際、2022年に入り、市場の状況に変化が表れている。NFT取引額、マーケットプレースでのアクティブ・ユーザー数が減少してきているのだ。ウクライナ問題、その影響での物価上昇や経済の先行き不安、利上げの実施など、NFTに限らず、株式市場などもその影響を受け、全般的に投資市場に下降傾向がみられる。
NFTの場合は、このような外部要因だけでなく、市場が過熱気味で、そろそろ落ち着いてくる時期なので、手を引こうと考え始めている人が多い可能性がある。NFTの価格は、最終的にはそのNFTにどれだけの価値を世の中の人達が見出すか、ということになる。リアルな絵画でも、たとえばゴッホの有名な絵画は、これからも高額で取引されるだろうが、市場の投機ブームに乗って価格の上昇したデジタルアートのNFTによっては、「価値はそれほどでもない」と思われて、大きく値を下げるものも、数多く出てくるのではないかと想像される。
また、NFTの存在にはブロックチェーン技術が使われているが、その維持にはエネルギーを多く消費する必要があり、地球温暖化防止のためのSDGs(Sustainable Development
Goals)を推進する立場から、批判的な意見が多く出てくる可能性もある。NFT業界も、このエネルギー問題に関しては注意を払い、改善の努力は重ねているが、どこまでエネルギー消費量を下げられるかは不透明だ。
NFT市場がこれから健全に成長していくには、課題も少なくない。そもそもブロックチェーン技術をベースにしたNFT関連技術は、まだ開発途上のものも多く、うまく動かない場合もあると言う。また、NFTプラットフォームはいくつも存在し、異なるNFTプラットフォーム間の取引を可能にする標準化も、市場の健全な成長には必要だ。NFTマーケットプレースの運営の仕方もまちまちで、登録されたNFTが、本当に登録した人のものかどうかの確認がされていないものもあり、NFT購入の際には、十分な注意が必要だ。
このように、NFTの先行きに不透明感があるのは事実だが、その一方、NFTの利用は単にデジタルアートなどのデジタル資産への活用にとどまらず、リアルな資産の真贋判別、取引の簡素化などにも使われ始めており、今後その使い道はさらに広がる可能性を秘めている。NFT価格高騰の沈静化や、乱立するNFT関連企業がある程度限られた数の有力プレーヤーに収れんすることなどは予想され、過熱したブームは収まってくるだろう。しかし、NFTそのものは今後もいろいろな分野で使われることが予想され、目の離せないものであることに違いない。
黒田 豊
(2022年5月)
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