最高額を大きく更新したスタートアップ企業へのベンチャー投資

今年もすでに後半に入り、今年前半のいろいろな数字が明らかになってきた。その中で、シリコンバレーで注目されているもののひとつに、スタートアップ企業へのベンチャー投資額がある。まず直近の4-6月の第2四半期を見ると、世界全体でのベンチャー投資額は$156 bil.(約17兆円)に達したという。これは前年同期の$60.7 bil.に比べ、なんと157%の増加となる。今年前半の半期でみると、その数字は$288 bil.(別な会社の推定では$292.4 bil)となり、これはこれまでの最高だった2020年後半の$179 bil.に比べても61%の増加となっている。米国だけを見ても、今年前半で$138.9 bil.と、昨年1年間の$149.3 bil.に半年で近づいている状況だ。

この結果、未上場スタートアップ企業の評価額もぐんぐん上がり、今年だけでも250の新しいユニコーン(評価額$1 bil.以上)が誕生した。2020年全体で増加したユニコーンの数は161だったので、それを半年ではるかに超えてしまった。ちなみに今年前半でユニコーンになった250社のうち、半数以上の161社は米国に本社を置いている。アジア、ヨーロッパでもベンチャー投資額は大きく伸びており、アジアでは今年前半だけで$84.8 bil.(2020年は1年で$103.2 bil.)となっている。中国企業向けの投資がその半分以上を占めているが、直近の四半期では昨年第4四半期より18%の低下がみられる。代わりにインドのスタートアップ企業への投資が大きく伸びている。

このようなベンチャー投資活況の理由は、コロナ禍対策のためのFRB(Federal Reserve Board:米連邦準備理事会)による大幅な金融緩和、また世界各国が同様の対策をとった結果、金余り状態が起こっていることがある。この余ったお金はベンチャー投資だけでなく、すでに株式公開されている企業へも向かっており、各国の株式市場の活況をきたしている。ただ、スタートアップ企業へのベンチャー投資が大幅に増加した原因は、それだけにとどまらない。

以前にもこのコラムで書いたが、コロナ禍は旅行業や飲食店などに大きなマイナス影響を及ぼしたが、逆にコロナ禍で事業が大きく広がった分野も少なくない。情報通信テクノロジーを中心とした企業は、その恩恵を大いに受けて事業が拡大した。ビデオ会議システム、Eコマース、ビデオストリーミング、遠隔操作システム、オンライン株式取引、デリバリー、また、これらを安全に行うための情報セキュリティ分野なども大きく伸びた。

これらはすでに存在していたビジネスが、コロナ禍で急成長したものが多く、世の中の変化が加速したといえる。しかし、ベンチャー・キャピタル会社の人たちの話を聞くと、それだけではない。コロナ禍で人々の考え方、行動が大きく変わり、そこに新しいビジネスが起こり始めているという。そして、そこを狙っているスタートアップ企業も多く出て来ており、きっといくつもの新しい会社が、コロナ禍で大きく変わった世の中に対応する製品やサービスを出して、成功するだろうと考えている。このため、スタートアップ企業へのベンチャー投資が大きく膨らんだという側面も、忘れることは出来ない。

お金に多少余裕のある一般の人たちの中には、このような将来性のあるスタートアップ企業を応援し、その成長に合わせて、投資の見返りを期待したいと思っている人もいるだろう。株式公開された企業への投資は、証券会社経由で誰でも行えるし、最近はインターネットによる売買で、手数料をほとんど取られずに株の売買をすることもできる。

しかし、まだ株式上場していないスタートアップ企業への投資となると、簡単にはいかない。10年前には、何か事業等で成功したごく一部の大金持ちが、いわゆるエンジェル投資家として、ベンチャー・キャピタル企業などと並んで投資する姿しかなかった。しかし、今はその頃に比べると、一般投資家が未上場のスタートアップ企業に投資することができる機会も、広がってきている。最初はオバマ政権下の2012年に可決され、2013年に一部が施行されたJumpstart Our Business Startups Act (通称JOBS Act)から始まった。米国は2008年9月のリーマン・ショックにはじまった金融危機後、スモールビジネスの活動が減少したが、それを再び活性化させるため、未上場企業への投資規制を和らげるために、これを実施した。

ただ、2013年時点では、一般投資家として未上場企業へ投資するには、まだ多くの条件があった。投資できるのは、米国証券取引委員会(SEC)によりAccredited Investor(適格投資家)と分類される人々だけで、その条件は自宅以外の資産$1 mil.(約1.1億円)以上か3年間の収入が毎年$200,000(約2200万円)以上というものだった。それでも、この規制緩和で、随分と未上場スタートアップ企業へ投資できる人の数は増加した。

しかし、もっと大きな変化は、2016年6月にJOBS Actでまだ施行されていなかった部分(JOBS Act Title III)が施行されたことで起こった。これにより、Non-Accredited Investor(SECによる適格投資家に該当しない人)でも、未上場スタートアップ企業に投資できるようになった。クラウド・ファンディングという、インターネットを通して資金を多くの人から集め、見返りとして製品やサービスを提供するものは、しばらく前からあったが、その会社の株式を出資の見返りとすることは、この法律が施行されるまでできなかった。これができるようになり、いわゆる株式投資型のクラウド・ファンディングが、大きく広がり始めた。

一般投資家は、これを使って未上場スタートアップ企業に投資することが可能になったが、まったく条件がなくなったわけではなく、いくつかの条件は残っている。たとえば、このような投資は、SECに承認されたブローカー経由で行う必要があり、12ヶ月以内にある企業への投資可能金額には、出資者の収入に合わせて限度額が決められている。一方、出資金を集めるスタートアップ側にも制限があり、これまでは12ヶ月以内にNon-Accredited Investorからは、総額$1 mil.(約1.1億円)までしか集められなかった。しかし、最近その上限が$5 mil.(約5.5億円)まで引き上げられ、スタートアップ企業としても、十分な資金が、この株式投資型クラウド・ファンディングでも得られることになり、この市場が最近活発化している。

SECに承認されたブローカーは、すでにいくつかあるが、その一つWefunderでは、ここ18ヶ月で投資家も、出資を希望するスタートアップ企業も、大きく増えたという。ここでは$100(約11,000円)からでも出資でき、Accredited Investorの承認を受けなくても、少なくとも12ヶ月以内に、1つの会社に対して$2,200(約24万円)までの出資は受け付けているという。登録は無料なので、どんな投資先企業があるか見るのも面白い。ただ、本当に出資する場合には、そのお金が何倍かになって戻ってくる確率、そしてそれが何年後くらいになるかを考慮する必要がある。スタートアップ企業は数多いが、株式上場や他社に高額で買収されず、消えていく会社も少なくない。また、成功して投資したものが何倍かになって返って来る場合も、5-10年先という場合がほとんどだろう。あくまでもその会社を応援したい気持ち、そして投資効果を期待する場合には、長期的視野が必要なことを、忘れてはならない。それを踏まえていれば、魅力的な未上場スタートアップ企業に少額を出資するのも、楽しみの一つになるだろう。

  黒田 豊

(2021年8月)

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