発展する情報通信技術を生かし、成熟させる年

新年明けましておめでとうございます。

コンピューターと通信、そしてその基盤となる半導体やソフトウェアの発展はめざましい。1990年代からのインターネットとモバイル、そしてクラウド・コンピューティングの発展で、いつでもどこでもサービスを受けられる世の中の広がりは、人々の生活を大きく変えた。そしてAIによるビッグデータ分析、仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、ドローン、各種センサーなど、技術の発展は留まるところを知らない。これからも技術は発展し、さらに新しい技術も生まれてくるだろう。

以前もこのコラムで書いたことがあるが、イノベーションには大きく2つの段階がある。一つは技術革新を起こし、新たな技術を作る、技術イノベーション。もう一つは、これら新しい技術あるいは既存技術を組み合わせ、人々に価値を提供するものを作るビジネス・イノベーションだ。インターネットとモバイル、それにクラウド・コンピューティングという技術イノベーションをもとに、たくさんのビジネス・イノベーションが起こってきた。タクシー業界をゆるがすUberや、ホテル業界をゆるがすAirbnbなどは、そのわかり易い例だ。もっと前にさかのぼれば、AmazonなどによるEコマースがある。彼らの行ってきたことは、新しく生まれた技術を使い、それを「人々に価値あるものを提供する」ビジネス・イノベーションだ。ビジネス・イノベーションにより、これまでの小売、ホテル、タクシーなどのビジネスが大きく変わってきている。ビジネスモデルの大きな変革、デジタル・トランスフォーメーションは、あらゆる業界で起こっているし、これからも続いていく。

日本は、これまで、このビジネス・イノベーションが足りなかった。イノベーションといえば技術革新ととらえ、技術開発に力を入れるのはいいが、新たな技術を生かし、人々に価値を提供する製品やサービスを構築することに、十分力が入っていなかった。これからも新しい技術革新への挑戦は大切だが、もっと作られた技術をもとに、ビジネス・イノベーションを起こすことに力を入れていく必要がある。そのためには、新しいことを始めることに対する社内の抵抗を緩める仕組みも大切だ。そして出来上がった新しいビジネスを、いち早くグローバルに展開することも忘れてはならない。数年前に拙著「なぜ日本企業のビジネスは、もったいないのか」(日本経済新聞出版社)に書いたことを、ぜひ日本企業は実践してもらいたいと期待している。

2020年を展望したとき、新しい技術の発展も、これから引き続き起こっていくだろうが、開発された新しい技術をいかに使って、人々に新しい価値を提供するか、ビジネス・イノベーションが、さらに大切な段階に来ている。製品やサービスを提供する会社にとっては、このユーザーへの新しい価値の提供ができるか、アイディアとその実現が大きな勝負になる。

一方、これら技術発展にともない、マイナス面もいろいろと出てきている。新しい技術を使った製品やサービスは、新しい価値をユーザーに提供するとともに、思ってもみないことを起こしてきた。新しい製品やサービスを提供するのは、ベンチャー(スタートアップ)企業の場合が多いが、彼らは新しい価値をユーザーに提供することを最優先し、マイナス面については、それが起こってから対応する、という場合が多い。そもそも新しいものなので、どのようなマイナス面が出てくるか、やってみないとわからない場合も少なくない。

FacebookやTwitterなどのSNS(Social Networking Service)は、人と人とをつなげることを目的に作られ、それについてはすばらしい成果を上げている。しかし、気がついたら、SNSを使って事実に反する情報が広がってしまったり、人々の意見の違いを助長し分断するために使われたり、2016年の米大統領選挙では、その大きな影響が大問題となった。当初Facebookは、そんなことで人々の考え方などが左右されるはずはないと思っていたようだが、実際それが起こってしまったことを目の当たりにし、それから対応が始まったという状況で、いまもこの問題が完全に解決されたと言える状況には至っていない。

また、SNSに加え、Googleなどサーチエンジンは、個人情報をたくさん集め、それをもとにターゲット広告を容易にして、売上を大きく伸ばしているが、ここにきて、個人情報の扱い、プライバシーの問題が大きな課題となってきている。ユーザーは、ある程度プライバシーを犠牲にしてでも、便利な情報を使いたいという面があるが、それも人それぞれで基準は異なり、このあたりの透明性が求められるようになってきた。

宿泊場所の斡旋をするAirbnbでは、借主がパーティを催して不特定多数の人を集めた結果、殺人事件が起こったり、提供する宿泊場所の内容が実際と異なる問題も発生し、Airbnbは対応に追われている。タクシー代わりに使われるUberも、セクシュアル・ハラスメントの訴えが、年に3000を超えるなどの問題が起こっており、Uberもその対応に追われている。Amazonでは、第三者企業による商品販売を仲介しているものについて、商品がAmazonサイト上のものと異なるなどの問題が発生し、Amazonの対応が求められている。

どれも解決すべき問題であり、今後も対応が必要な新たな問題が発生してくる可能性は十分ある。いずれも想定できない問題だったかと言えば、そうでもないが、最初からすべての問題の可能性を考え、それに対する対応をすべて整えてからビジネスを開始するのでは、コストや時間もかかりすぎ、ビジネスとして実現しない可能性が高い。したがって、これらの問題は、事前にある程度想定し、サービスを開始する前に対応するようにするものの、事後対応になるものが出てくるのは、やむを得ない。新しいサービスを利用する側も、それなりのリスクを負った上で、そのサービスを利用する、ということだ。

マイナス面を最初から考えすぎていては、どんな新しいユーザーに大きな価値を提供するものも、開始することは出来ないし、世の中も発展しない。新しいことが生まれるときには、どうしても通らなければならない道、ということだ。AI、VR、AR、など、これからこれら技術を使った製品やサービスが広がるにつれ、同様の道を進んでいくことになる。AIについては、どのようなデータをもとにAIに判断させるかによって結果が大きく異なるので、注意深く見ていく必要がある。

米国では、このような新しいことに対し、製品やサービスを提供する側、それを使うユーザー側、そして規制をする政府などが、「まずはやってみる」という考え方が主流なので、新しいこと、ビジネス・イノベーションが生まれやすい。一方、日本では、既得権を持った人、そして政府の規制が強く、新しいことがなかなか始められず、せっかく技術イノベーションを起こして新しい技術を開発しても、ビジネス・イノベーションで遅れを取る場合が多い。

2020年を考えると、今年も新しい情報通信技術は生まれてくるだろう。しかし、それだけでなく、この20年あまりで出てきた技術を、いかにユーザーに価値あるものにしていくかのビジネス・イノベーションが、さらに大切になってくる年だ。AIなどは、ビジネス・イノベーションをどの分野で起こしていくか、今年の発展が大いに期待される。

そして、すでにユーザーに大きな価値を提供するようになったインターネットとモバイル、クラウド・コンピューティングを使った製品やサービスは、そのマイナス面への対応を進め、成熟した本来あるべき姿に向かう年となる。これはもちろん1年で解決できる問題ではないが、今年はぜひその基盤が固まる年になってほしいと期待している。

  黒田 豊

(2020年1月)

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