ディズニーのストリーミング・サービス急拡大は、コロナ禍による変革加速の象徴
新型コロナウィルスCOVID-19流行のため、大きな痛手を被っている業界、企業は数多いが、ディズニーもその一つだ。パンデミックが始まって以来、テーマパークは世界中で閉鎖。昨年1年間で38億ドルの売上のあった、ロサンゼルス近郊にあるディズニーランドは、3月から閉鎖したままだ。その後、フロリダのディズニーワールドなど、いくつかのテーマパークは感染対策を講じ、入場者数を制限しながらオープンしているが、通常の入園者数には程遠い。そのため、テーマパーク関連部門で28,000人の人員削減を余儀なくされている。10月3日に発表された最新四半期では、テーマパーク関連部門が大きな赤字を出し、最終損益は7.1億ドルの赤字(昨年同期は7.77億ドルの黒字)となっている。
そんな中、大きな光明が昨年11月に開始したストリーミング・サービスのDisney+だ。ディズニーが発表した最新10月3日の数字では、ユーザー数が7,370万になったとのことだ。もともとDisney+は、2024年度末に6,000 –
8,000万ユーザーにしたいと言っていたのだが、コロナ禍の追い風もあり、4年以上前にその目標を達成してしまった。この数字は、ストリーミング・サービスでトップを行くNetflixの1.95億ユーザーには及ばないが、Disney+がNetflixに対抗するものというよりも、互いに補完するものということを考えると、かなり大きな数字だ。
実際、ディズニーはDisney+で、Frozenなどいわゆるディズニーもの、Toy Storyなどで有名なPixarスタジオのもの、スパイダーマンなどを含むMarvelスタジオのもの、スターウォーズ・シリーズ、National
Geographicの自然ものなど、ユニークなものをそろえているが、それ以外のテレビ番組や映画などを取りそろえているわけではない。ただ、ディズニーはスポーツのESPN、テレビ番組等を配信するHuluも傘下に持っており、Disney+とこの2つを合わせた3つのサービスのバンドルも提供しているので、Netflixには大きな脅威となる。この3つのサービスを契約しているユーザーは、合わせて1.2億を超えているので、ユーザー数でNetflixも射程内といえる。このようなDisney+の快進撃もあり、ディズニーの株価は年初に比べ、12月1日現在1%アップしている。
Disney+ユーザーの予想以上の急激な増加には、いくつか理由が考えられる。一つは、コロナ禍による自宅巣ごもりで映画館などに行けず、自宅でエンターテイメントを楽しむ時間がかなり増えていることがある。4-6月には、ストリーミング・サービスが74%伸びたとの調査結果も出ている。この恩恵はNetflixなど、他社にも当然及んでいる。
もう一つは、ここ10年ほどで起こっている、ケーブルテレビや衛星放送などによる視聴から、インターネット経由のストリーミング・サービスへの移行、いわゆるCord-cuttingの加速だ。コロナ禍では、ケーブルテレビなどの視聴も、ストリーミング・サービスと同じくらい伸びていてもおかしくないように思えるが、現実はCord-cuttingが加速している。具体的な数字で言うと、米国のケーブル、衛星、それに通信会社による光通信経由の有料テレビ放送契約は、今年第1四半期に合計180万ほど減少し、これは、これまでで最大の減少幅だ。年間では600万以上減少すると予想されている。
そして、8月にはついにストリーミング視聴時間がケーブルなどの通常テレビ放送視聴時間を上回るところまできた。コロナ禍で通常のテレビ放送だけでは飽き足らず、ストリーミング・サービスを初めて契約した人たちも、使ってみると、もうこれで十分、ケーブルテレビなどは解約しても大丈夫、ということを認識したのではないかと思われる。その結果、最近行われた調査では、ストリーミング・サービスを契約していて、ケーブルテレビや衛星放送の契約をしていない家庭が全米の20%に達し、逆にストリーミング・サービスを契約せず、ケーブルテレビや衛星放送のみを契約している家庭は14%にとどまったという。
Disney+が急激に伸びた3つ目の理由は、映画の最新作などを映画館での封切を待たず、ストリーミング・サービスで提供するという、これまでの業界の常識を覆すことを、ディズニーが始めたことだ。その先駆けとなったのが、ディズニー映画「ムーラン」だ。もともと今年の春に映画館で封切の予定だったが、コロナ禍でそれが出来ず、しばらく封切を延期していた。しかし、これ以上封切を延ばすのではなく、Disney+ストリーミング・サービスで配信することを決め、9月4日に実施した(Disney+サービスのない国では、映画館で同日封切)。通常のDisney+料金に加え、$29.99を支払う必要があるが、12月4日からは、Disney+の通常契約のみで視聴可能となる。
それだけではなく、ディズニーは「ムーラン」をAmazonのPrime Video Serviceでも10月6日から視聴可能にしている(12月1日現在、$19.99の追加料金が必要)。これまでの映画館による封切、その後しばらくしてからDVDやストリーミング・サービスへの提供、という流れではなく、最初からストリーミング・サービス、しかも自社のDisney+だけでなく、Amazon Prime
Videoでも提供するということで、新作映画の配給方法が大きく変更されたことになる。
COVID-19に対するワクチンもそろそろ実験段階から実用段階が近づいているようで、映画館が通常どおり営業を始める日も、そう遠くないかもしれない。そうなったとき、ディズニーがどのような方法で新作映画を配給するかは、既存の映画館などにとって大きな懸念だ。今回のDisney+経由の配信の成功、そして視聴者のストリーミング・サービスへの移行状況を考えると、おそらく以前の状態に戻ることはないだろう。映画館と同時にストリーミング・サービスでも有料配信する、という可能性が高いのではないだろうか。そして、これはディズニーに限らず、他の映画会社、他のストリーミング・サービスでも同様のことが起こるに違いない。
テレビや映画の配給方法が変わるということは、ストリーミング・サービスが始まったころから言われてきたことだが、その進み方は、ゆっくりしたものだった。それが今回のコロナ禍で一気に加速した。これまでのケーブルや衛星を使ったテレビ放送が、ストリーミング・サービスに変わっていくだけでなく、映画業界も同じような道を歩むことになる。そうなっても、映画を映画館の大画面で見たい、という人は残るので、映画館そのものが全くなくなるということはないが、入場者数が減ることは避けられないだろう。Disney+の大きな成功は、コロナ禍による世の中の大きな変革の加速を象徴するものの一つといえる。
黒田 豊
(2020年12月)
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