混乱の続くWe Co.(WeWork)の将来と、広がる影響

オフィスシェアで有名なWeWorkを運営するユニコーン企業(株式上場前に時価総額が10億ドルを超えた会社)We Co.の混乱が続いている。2010年に創業したWeWorkは、Neumann社長のもと毎年売上が倍になる急成長で、未上場会社ながら人気が急上昇、日本のソフトバンクを含むベンチャー・キャピタルや投資銀行などから多額の出資を受け、株式上場に向け、順調に進んでいるかに見えた。今年1月の投資ラウンドでは、ソフトバンクが20億ドルを出資し、時価総額を470億ドルにまで引き上げ、未上場企業としては破格の時価総額で、その株式上場がいつになるか、大きな注目を浴びていた。

40才のNeumann社長は、パーティー好きで、発言もエキセントリックなところがあり、とてもユニークな人だが、オフィスシェアのWeWorkを「物理的なSNS」という言い方をして、若い人たち、なかでもスタートアップ企業の人たちに人気の高いものに作り上げた。そして、Weは単なるオフィスシェアの会社ではなく、人々の仕事の仕方や生活の仕方を変えるものをめざし、得られた多額の資金をもとに、スポーツジム、学校、貸アパートなど、次々に事業を広げていった。そのため、売上は大きく伸びたが、赤字も大きく伸び、2019年前半は売上15億ドルに対し、赤字は14億ドル近くと、これまた大きなものとなっていた。それでも、Neumann社長はWeの将来の夢を語ることがとてもうまく、投資家達はその話を聞くと、つい投資したくなってしまう、ということで、資金調達は極めて順調であった。特にソフトバンクは、孫正義会長がNeumann社長を気に入り、ソフトバンクとして、そしてソフトバンクが設立した1000億ドルの巨額ファンド、Softbank Vision Fundから多額の出資を行い、Weへの出資額の1/3はソフトバンク・グループからのものと言われていた。

そして、この8月、ついに9月の株式上場をめざし、上場申請のための書類を提出した。ところが、そこから状況が一変した。これまで、未上場企業として、限られた数の投資家に話をしていたときは、大きな将来の夢と、毎年倍増している売上で追加出資を得られていたが、株式公開となると、状況が変わった。市場は将来の夢や倍増する売上だけでなく、それと同じペースで拡大する赤字にも注目し始めたのだ。そして、オフィスシェアという業界で比較すると、いくらビジネス拡大のためとは言え、ここまで大きな赤字を出すのは、何かおかしいのではないか、という疑問が出てきた。これに対し、Weは単なるオフィスシェアの不動産業ではなく、売上を毎年倍増させるテクノロジー会社だという位置づけで説明していたが、特に何か目立った技術を持っているわけでもなく、その説明も説得力の欠けるものだった。

そこにNeumann社長のWeとの利益相反問題まで表面化した。株式上場前に自分の株を7億ドル分以上売却し、現金化した問題。自分の持つ不動産をWeにリースしていた問題。さらに、Weというブランドを590万ドルで会社に売却した問題(これについては批判が多く、のちにそのお金は返却)。また、世界初めての個人資産1兆ドルをめざし、世界のリーダーになると発言したり、社長としてのカリスマ性だけでなく、新興宗教の教祖的な雰囲気も出てきていた。さらに、以前からパーティ好きで会社でも頻繁にパーティを行い、テキーラなどお酒もたくさん皆で飲んでいたという話はあったが、6000万ドルもするプライベート・ジェットを購入し、それに乗って仲間とマリファナを大量に吸っていた、という話まで出て、このような人がCEOで大丈夫か、という疑念が広まった。

そのため、1月に時価総額470億ドルだったものをそのままの金額で上場させたのでは、とても新株を買ってもらえない、ということになり、最終的には150億ドル程度になるのではないか、という話も出て、とりあえず9月の株式上場は延期し、早くても10月中旬の上場を目指す、という話になった。しかし、ことはそれでは収まらなかった。資金の1/3を出資しているソフトバンクが、Neumann社長では株式上場は難しいという判断にいたり、辞任をせまったからだ。当初は出資者であり、株式上場時の幹事会社に決まっていたJP MorganがNeumann擁護の立場を取っていたが、最終的にソフトバンクに同調し、Neumann社長に辞任をせまったため、Neumann社長は9月24日、辞任を発表した。会長職にはとどまるが、非エグゼクティブ会長ということで、実質的に経営からは離れることになった。

これを受け、Weの幹部だった別な2人が共同CEOとなり、Weは再出発することになった。そして、新執行部は9月30日、株式上場の申請を取り下げた。今後は再度株式上場をめざし、コストを削減して黒字への道筋をつける、そのため本業に注力し、本業に関連の薄い多角化事業は他社への売却を含め撤退する、という方向性を示した。コスト削減のためには、現在12,000人いる社員の1/3ほどをレイオフするとの観測も出ている。

しかし、これだけでWeが回復軌道に乗ることができるほど、簡単ではない。現在のような大きな赤字を垂れ流している状況では、今年6月末に25億ドルあったと言われる資金も、現在の資金の使い方を続ければ、四半期ごとに7億ドル必要で、2020年前半には尽きてしまうとの予測で、株式上場で得られるはずだった90億ドルが得られなくなった現在、会社として存続するためには、コスト削減だけでなく、何等かの形で追加資金を得る必要がある。

ところが、あと半年ほどでなくなると思われていた資金が、実は11月中にもなくなってしまう危機に陥っていることが、その後判明した。Weがつぶれてしまっては、大きな損失となるのは、ソフトバンク、そしてJP Morganだ。両社はそれぞれの再建案を出し、最終的には10月22日、ソフトバンクの提案が受け入れられた。その内容を見ると、ソフトバンクはWeに対し、総額で95億ドル(約1兆円)にもおよぶ追加資金を提供することになった。そして、Weの評価額は、1月の470億ドルから大きく下がり、80億ドルになってしまった。ソフトバンクは追加出資の条件として、Weの経営権を取得し、Neumann氏にはWeの会長もはずれてもらうことにした。ただ、Neumann氏は議決権の半分以上を持つ株主だったため、その株の大部分をソフトバンクが購入することを含め、Neumann氏には17億ドルほどのお金が提供されたとの話だ。

この話を聞いて、Weの社員たちは大変怒っているという。そもそも会社をこのような状況にしてしまったNeumann氏に、なぜこれほどのお金を支払う必要があるのかと。また、社員は入社時にストックオプションをもらい、株式上場した際にはその利益を得られることを皆楽しみにしているが、時価総額80億ドルでは、90%以上の社員は、持っているストックオプションの価値がなくなってしまい、もはやWeで働き続ける意味もなくなってしまう。その上、数千人規模のレイオフが避けられないということで、踏んだり蹴ったりの状況になっている。

ソフトバンクの多額の追加資金で、Weがとりあえず無事存続できても、これまでのような拡大路線が修正され、多角化にもブレーキがかかるとなると、会社の時価総額は、よくても同じようなオフィスシェア事業ですでに成功しているIWG社(Regusの名前でオフィスシェア事業を世界で展開し、現在3000を超えるロケーションを持ち、4億ドル以上の利益を上げている)の、時価総額45億ドルに近いものになり、現時点の80億ドルにも及ばない可能性は高い。また、Weのビジネスモデルは、オフィスビルを15年契約でリースし、それを個別企業にサブリースする方式なので、今後景気が悪化した場合、ビジネスが厳しくなる可能性も秘めている。そもそも、今回大きくケチのついてしまったWeの将来の株式上場に、市場がいい反応をしてくれるかどうか、との疑問も残る。社員のモラルも下がり、退職者が続出すれば、サービスの低下に陥る可能性もあり、WeWorkのビジネスそのものの将来も順調に行くかどうか不透明だ。

Weの混乱は、オフィスビル市場にも影響が出始めている。シリコンバレーを含め、ニューヨーク、ボストン、ロサンゼルスなどいくつかの大都市では、WeWorkによるビル賃貸需要が、ここ数年15%以上におよび、その価格高騰に大きな影響を与えている。Weが今後新たなオフィスビル・リースを控える、あるいはこれまでより大幅に減らすとなれば、その影響は少なくない。そもそもWeがこのような混乱状況にあるため、ビル不動産を持つ会社は、Weへのリースをためらい始めているという話もあり、すでに影響が出ていているといえる。ただ、オフィスシェアは、まだビル賃貸の2%程度と低く、今後その市場は大きく伸びるとの予測もあり、もしそうであれば、Weの成功を見てオフィスシェア市場に参入してきた他の企業が漁夫の利を得る可能性もある。

Weの混乱と株式上場の延期は、ここ何年か、シリコンバレーなどのスタートアップ企業が行ってきた、赤字を出しながらでも、ともかく急成長させるというビジネス路線と、それを支援するベンチャーキャピタルからの資金の流れを変える可能性が高い。すでに昔から存在するシリコンバレーのベンチャーキャピタルなどは、数年前から未上場スタートアップ企業への過剰に高い評価に警告を発していたが、ソフトバンクのような巨額の資金をもって、スタートアップに高い時価総額評価をする会社の動きに流され、多数のユニコーン企業が輩出されてきた。

しかし、今年の株式上場後に株価低下をもたらしたライドシェアのUberやLyftなどが出て、そろそろ未上場企業の時価総額の高すぎに調整色が出始めていた。そこにこのWeの混乱が起こったので、この未上場企業への高い時価総額をベースにした出資は影をひそめ、スタートアップ企業にも、単に成長だけでなく、利益を出す体質を要求することが増えてくるだろう。これは、ようやく未上場スタートアップ企業への市場の見方が冷静になり、本来あるべき姿に戻ってきた、と言える。また、公開された株式市場では、冷静に上場されたスタートアップ企業を見て、事前評価の高すぎた企業の株価のさらなる上昇は起こっていないので、2000年前後のいわゆるドットコム・バブルのような現象は、今回は起きていない。

さて、大きな問題はソフトバンクだ。ソフトバンクは、SoftBank Vision Fundを含め、Weに多額の出資を行っている。今回のWe救済のための95億ドルを加えると130億ドルにおよび、Weの80%を所有することになる。Weが消滅してしまったり、仮に存続しても、時価総額が大幅に下がり、大きな損失を被ることになると、ソフトバンクそのものへの影響は極めて大きい。今回のソフトバンクのWeへの多額追加出資については、「出資の失敗は許されるが、その状況をさらにひどくするような追加出資は問題ではないか」との意見も、米国では出ている。

ソフトバンクは「勝者総取り」を目指し、Grow-at-all-cost戦略(利益などを犠牲にしてでも成長する戦略)を支持してきた。そして、狙いをつけたスタートアップ企業に大量の資金を投入しているが、Weだけでなく、株式上場後に株価の低下しているUberや、社員の40%をレイオフする車リースのFair.com、売上が前年の半分になってしまったEコマースのBrandlessなど、問題企業をいくつも抱えている。

ソフトバンクは、大型のSoftBank Vision Fundの2回目を実施しようと、すでに資金を募集している。多くの会社や団体が興味を示していると言っているが、まだ正式にコミットしているのは、ソフトバンク自身だけとの話だ。今後このファンドが成立しなかった場合、Weのように追加資金が必要なところに資金を十分回すことができるか、という不安も残る。そして、お金がうまく回らなくなると、連鎖反応的に関連する会社が資金不足になり、苦境に陥る可能性も否めない。今回のWeの混乱は、ソフトバンクにとって、大きな試金石となる。いずれにしても、Weの混乱は、いろいろな方面に大きな影響を及ぼしそうで、その今後は大いに注目する必要がある。

  黒田 豊

(2019年11月)

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