活況続くシリコンバレーで起こっていること

シリコンバレーの活況が続いている。地元紙San Jose Mercuryによると、2016年のシリコンバレー売上上位150社(SV150)の時価総額は、前年を20%上回り、3.5兆ドルになったという。また、利益も6.8%上昇して1420億ドル、利益率も16.7%と、10年前の倍になったとのことだ。

実は、2016年は、SV150トップ企業のAppleが15年ぶりに減収減益になった年だ。にもかかわらず、シリコンバレー全体では、このような活況を示す数字が並んでいる。Appleを除いた149社で見ると、利益の上昇は22.1%となる。これは、AppleがSV150 全体の利益の1/3近くを出していることに起因する。

活況が続く理由は、ビッグデータ分析の発展、AI活用の広がり、IoT(Internet of Things)の利用拡大、自動運転車など、さまざまな技術とその応用の拡大により、GoogleやFacebookなどのインターネット系サービスやソフトウェアだけでなく、半導体関連企業なども好業績になっていることが挙げられる。

特に企業向けのビジネスが活況を示しており、全体で利益が19%上昇している。一方、コンシューマー系のビジネスは、Appleの低迷もあり、利益が16%減少している。なかには、フィットネス向けウェアラブル製品で有名なFitbitが1億ドルの赤字を出したり、自分の身体に着けてビデオを撮るカメラで大いに話題をまいたGoProも、4.2億ドルの赤字を計上している。

また、従業員一人あたりの生産性も、これまでにない高い数字になっているが、その大きな理由のひとつは、SV150 全体でみると、売上が向上したわりに、従業員数の伸びが1%に満たない状況なためだ。とはいっても、業績が大幅に上昇している会社は従業員も大きく増やしている。たとえば、Facebookは、売上が54%と大きく上昇し、利益も58億ドル増えた状況で、従業員数も34%増やしている。Googleを傘下に持つ持ち株会社Alphabetも、売上が20%、利益は36億ドルアップして、従業員も17%増やしている。自動運転車など、新しいものに使われる高速半導体で急速に伸びているNVIDIAも、売上が38%アップ、利益は倍以上になったということで、社員も12%増やしている。

一方、SV150で、昨年大きな変化があったのは、1年前の150社のうち、18社が消えてしまったことだ。150位以下に落ちてしまった、という話ではなく、買収されて、なくなってしまったのだ。一番大きな買収として話題になったのは、MicrosoftによるLinkedInの買収だ。LinkedInは、ビジネス向けのSNSとして、個人がビジネスにおける人のネットワークを作ったり、仕事を探したり、逆に企業側が人を探すのに使ったりしている、Facebookなどとは性格の異なるユニークなSNSだ。Microsoftが独自に参入しても、なかなかビジネスの広がらないインターネット系分野に、Microsoftの歴史の中で最大となる買収で、本格的に参入しようというものだ。買収金額も262億ドルと、相当な額だ。

2番目に大きな買収は、これまで磁気ディスク装置分野で事業を行ってきたWestern Digitalによる、メモリースティック会社SanDiskの買収だ。金額は156億ドル。これ以外にも、SV150 の会社で、他社に買収されたのが16社、合わせて18社となり、これは、いままでで最高の数だ。その買収額総額は、874億ドルで、2015年の倍にあたる。

シリコンバレーにおける企業買収は、いまに始まったことではない。シリコンバレーは、「イノベーションの聖地」などと呼ばれ、ベンチャー企業が多く立ち上がり、新たなイノベーションをたくさん起こしてきた。そして、それらのベンチャー企業は、成長してもベンチャー精神を残し、次々とイノベーションを起こそうと試みている。それでも、会社が大きくなってくると、ベンチャー精神でリスクを取ることより、確実なビジネスの方向に行きがちだ。その結果、新たに次々と発生するベンチャー企業による新しいイノベーションに、追いつけなくなってくる。そのため、自社でイノベーションを起こすだけでなく、イノベーションを起こしているベンチャー企業の買収にも、余念がない。いわゆる、「買収によるイノベーション」だ。

たとえば、Google。一見何でも自社で開発しているように見えるかもしれないが、すでに2001年から200社近くを買収している。囲碁の名人を破って大きな話題となっているディープラーニングというAI技術も、自社の技術だけでなく、2014年に買収したイギリスのDeepMind Technologies社の貢献が大きい。

シリコンバレーで新たに立ち上がるベンチャー企業も、GoogleやFacebookなど、大きくなり過ぎた競合企業と戦って、株式上場するよりも、すでに大きくなった会社に買収されることを、最初から狙っているところも少なくない。大手企業がまだ持っていない技術や応用分野に参入し、大手企業に高額で買収してもらおう、という戦略だ。

このようにして、若いベンチャー企業が買収されることは少なくないが、今回のSV150 社中18社が買収されたというのは、多少趣が異なる。すでにSV150 にランキングされている会社は、ある程度の規模に成長しているからだ。ここに見えるのは、まだどうなるかわからない技術や応用分野にチャレンジしているベンチャー企業を買うのではなく、すでにある程度技術も成熟し、市場も持っている企業を買収することにより、成長するという戦略だ。

MicrosoftによるLinkedInの買収は、インターネット系分野での出遅れを取り戻すための大きな買い物だ。Western DigitalによるSanDisk買収は、ストレージ分野の中で、スティック型ストレージ領域に出遅れたWestern Digitalが、買収により、追いつこうという姿勢の表れだ。買収される側も、それなりに売上は上がっているものの、利益が十分出ていなかったり、今後の生き残りの厳しさから、この時点で買収されたほうが得策、と考えた結果だろう。

このように、シリコンバレーでの多くの企業買収の話をすると、何かシリコンバレーでは、企業買収はすべてうまく行っているように聞こえるかもしれないが、必ずしもそうではない。よく聞かれる話は、買収された会社のキーとなる人たちの離反だ。もともと買収されたら、その会社をやめる、と考えている人もいるだろうが、それだけではない。それまでの会社でやっていたことが、思うようにできなくなったり、もっている技術や応用分野とその将来性に対する、買収した側の理解不足などがあげられる。

シリコンバレー企業の買収で、どれくらいのものがうまくいき、どれくらいがうまく行っていないかという分析は見たことがないので、その比率はわからないが、いろいろな記事や、直接企業買収にかかわった知人の話などを総合すると、うまく行かなかったものも、かなりの数があるように想像される。それでも、自社によるイノベーションだけでは、世の中のスピードに追い付けないため、買収によるイノベーションは、これからも続いていくだろう。

日本企業がシリコンバレーの会社に限らず、海外企業を買収して、なかなかうまくいかないという話をよく聞くが、米国企業同士でも、なかなか簡単にうまくいかないのが企業買収だ。それを企業カルチャーや社会のカルチャーなどが違う日本企業が行って、成功させるのは、かなり難しいものがある。まずは両方のカルチャーを理解し、買収した会社をマネージできる人の存在は必須だし、その人を信頼してまかせる度量が本社にあることも極めて重要だ。単に買収した会社の人にそのまま経営をまかせていたのでは、本社とのシナジーが起こせないだけでなく、東芝の例のように、子会社の状況が見えないまま大変なことになる場合もある。企業買収には、相当な覚悟を持って当たる必要がある、ということを忘れてはならない。

  黒田 豊

(2017年6月)

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