Appleの新製品発表は、平凡な製品の進化か、新しいステージへの第一歩か
Apple恒例の秋の新製品発表会が9月7日、サンウランシスコで行われた。予想されていたとおり、iPhoneの新しいバージョン、iPhone 7と7プラスの発表、それにApple Watchのシリーズ2と言われる新しいものを中心に発表が行われた。
ステージに登場したTim Cook社長は、まずApple Musicやアプリのダウンロード数などに言及したのち、App Storeには50万のゲームがある話をし、任天堂のスーパーマリオの新しいアプリを紹介した。スーパーマリオがアプリとしてダウンロードでき、iPhoneなどで利用できるのは、ファンにとってはうれしい話だろう。
しかし、これらは、新製品の発表というよりも、新たなパートナーシップの話が中心で、新製品発表を期待している人たちには、単なる前座に過ぎない。そしてようやく出てきたのは、Apple Watchシリーズ2だ。最初のApple Watchが出てからすでに18ヶ月になる。最初のものが出たときにも書いたが、AppleはApple
Watchにヘルスケア関連でいろいろな機能を付けようとしていたが、技術的に難しかったため、それらの機能を大幅に落としたもので出してきた、といううわさだった。そこで、今回の発表には、その部分がどれくらい含まれているか、私も期待していた。
GPS機能の追加、防水性の強化による水泳時の利用、2ヶ月前に大きな話題となった ポケモンGOの機能を加えるなどの発表はあったものの、私の期待していた、新たなヘルスケアでの機能強化は、残念ながら目立ったものが見られなかった。世界の時計市場で一気に第2位になった、との発表はあったものの、どれくらい売れているかの数字は明かさなかった。Apple
WatchがiPhone、iPadなどに続く大きなヒット商品になる、という実感は、今回も残念ながら得られなかった。
そして、残りの多くの時間をかけて発表されたのがiPhone
7と7プラスだ。新たな機能や進化した機能が合わせて10あるという。それぞれをここで詳しく説明するつもりはないが、大きく進化したのは、カメラだろう。一部7プラスにしかない機能もあるが、よりきれいなズーム写真の撮れる光学的なズーム強化のための複数カメラの搭載、暗いところでのよりきれいな写真撮影、背景をぼかしたポートレート機能など、多くの機能が加わり、現時点で他社のスマートフォンに比べ、レベルの最も高いカメラ機能を搭載した、ということが言えるだろう。
次に注目されたのが、無線によるイヤホンAirpods、ただしこれは別売りで$159する。そして、賛否両論が出ているが、ヘッドホン・ジャックをなくし、代わりにバッテリーの充電などに使う光プラグ経由によるイヤホンやヘッドホンの接続。あとは、防水、防塵機能の強化、バッテリーやパフォーマンスの向上などだ。日本市場向けには、すでに市場で広まっているICチップのフェリカに対応するものを発売予定だ。Tim
Cookを含め、何人かの人が「これまでで最高のiPhone」という言い方をしていたが、もちろん進化した新しいバージョンなので、これまでで最高のiPhoneであることは間違いないが、iPhone 6、6プラスから大幅に変わったかというと、その印象はあまり受けなかった。
そして、昨年秋の発表で注目したApple TVの話は何もなく、市場が伸び悩んでいる iPadの話もない。また、私が以前から言っている、将来に向けて重要なパーソナル・アシスタントであるSiriについても、ほとんど言及はなかった。Appleのこれからのビジネスに重要となるApple Payについても、あまり話が出て来なかった。
これまで、Appleはイノベーションを起こす企業というイメージがあり、新製品の発表のたびに、何か新しいものが出てくるのではないか、という期待が大きかった。何年か前から言われていたApple Watchは登場したが、大きなヒットとはなっていない。また、Appleによる新しいテレビ、という話も立ち消えになり、昨年強化したApple
TVをベースにビデオ配信サービスを展開する、という話も進んでいない。なにやら、Appleの将来に不安を感じてしまう。
そもそもAppleがイノベーションを起こす会社、と言っても、技術的に新しいものを作り出してきたかというと、そうではない。Macが登場したときの、マウスを使ったGraphical User Interface(GUI)は衝撃的であったが、その技術はSRI Internationalが開発したものであり、Xeroxがビジネス向けに製品として出して失敗したものを、Steve
Jobsがそのデモをみて、一般消費者向け製品にしようと考えたことから作られたものだ。
iPhoneのもととなったiPodにしても、SonyがすでにWalkmanの進化形として、類似のものを販売していたが、AppleはそれにiTunesから1曲ずつ購入できるエコシステムを作ることによって、大きな成功をおさめ、SonyのWalkmanに代わって、モバイル音楽端末のトップの地位を確保したものだ。
Appleのやってきたこと、そのすばらしい点は、他社が開発した技術をもとに、ビジネスのやり方に「ひとひねり」を加えて、ビジネス・イノベーションを起こすところにある。そして、そのような他にあるネタをうまく見つけるすばらしい「目利き」がSteve
Jobsだったのだ。それが彼が亡くなり、他からの技術をひとひねりしてビジネス・イノベーションを起こすことが難しくなり、自社での技術イノベーションもなかなか進まない、というのが今のAppleのように見える。
iPhoneが今後もそれなりの進化をとげ、Android系メーカーの追随をかわせば、買い替え需要はあり、それなりの売上、利益は上がるだろう。しかし、スマートフォンそのものが成熟製品になってきている現在、製品の進化レベルがそこそこだと、買い替えも1-2年おきではなく、もっと長いサイクルになる可能性も十分ある。新たなヒット製品、ヒットサービスが出て来ないと、「イノベーションを起こすApple」というイメージが、どんどん薄れてきてしまう。
個人的には、上のように、いまひとつ強いインパクトに欠ける印象を持った今回の発表だが、予約販売の売れ行きは順調で、発売当日の9月16日を待たずに、iPhone 7プラスはすべて売り切れ、iPhone
7の新しいジェット・ブラックのものも売り切れと言う。このニュースにより、Apple株は9月15日には3.4%上昇し、年初来最高値を更新している。発売当日に人気商品が品切れということで、これまでのように、発売当日にApple Storeに長い行列ができる、ということもない。今回は発売当初の売れ行き予想を控えめにしたとの話もあり、実際に何台売れたかの数字を見るまでは、iPhone
7および7プラスの人気がどれほどのものか、直近の四半期に売上が23%下がったiPhoneの売上向上にどれだけつながるか、まだ不透明だ。発売直後の週末の販売台数も発表されていない。
一方で、今回のiPhone 7、7プラスの発表は、将来の新しいステージための土台となる第一歩だという意見もある。それによると、Appleは将来、カメラが3Dに向けて進化する必要があり、新しいA10チップには、将来のVR(Virtual
Reality)対応のためのグラフィック機能が強化されているという。また、あらゆるものがコードレスで無線でつながる必要があり、iPhoneがコンピューターの代わりをするため、画面以外のユーザー・インターフェースが必要で、そのための布石をiPhone 7、7プラスに見ることができると言う。
さて、今回の発表に対して、どちらの見方が正しいか。それは、Appleの次の動き、そして、それに対するユーザーの反応次第だ。どちらになるのか、楽しみにしたい。
黒田 豊
(2016年10月)
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