新製品発表で、Appleはイノベーション企業としての地位を維持できるか
9月9日、長くうわさされていたApple からの新しい製品とサービスの発表があった。発表されたのは、大きく3つ。ひとつは新しいiPhone6およびiPhone6 Plus。もうひとつは、長い間うわさになっていたスマートウォッチのApple
Watch(以前からのうわさではiWatchという名前だった)。そして最後は、発表直近まであまり話題になっていなかった、モバイルペイメント・サービスのApple Payだ。
iPhone6とiPhone6 Plusは、ともに画面サイズがこれまでの4インチより大きい、4.7インチと5.5インチとなっている。新たな機能拡張として、ディスプレイの解像度をさらによくしたRetina
HDディスプレイの採用、カメラの機能向上、高速Wifiの採用などがあり、買い替えを考えている人たちには、満足のいく製品といえる。実際、発表後最初の週末の予約販売状況は、これまでの最高を越える記録となったようだし、発売当日の19日に向けて、Appleストアに大勢の人が並ぶいつもの光景も見られ、ユーザーの反応がかなりいいことが伺える。今後しばらくのAppleの売上への大きな貢献が想定される。
このようにiPhone6とiPhone6 Plusは、順調な滑り出しで、大方の予想どおりといえるが、私が注目していたのは、新しいiPhoneではなく、Appleが新しいカテゴリーの製品を出すと言っていた、あとの2つの発表だ。1つ目のApple
Watchを見てみよう。まず最初にAppleが強調しているのは、時計の時間の正確さだ。常に標準時と同期をとり、50ms以内の誤差に収めるという。異なるタイムゾーンの場所に行った場合は、GPSを使って自動的に時間を合わせてくれる。また、時計としての画面デザインは、たくさんのものが用意されており、自由に選べる。iPhoneに入ってくるメッセージやEメール、電話への対応ももちろん可能で、小さな画面に合わせたアラートが表示される。メッセージを返したり、音声で応答することも可能だ。また、Digital
Touch機能によって、簡単な絵や手書き文字を送ることもできる。さらに、ポンと叩いたのが相手に伝わったり、鼓動を伝えることも出来るという。
ヘルスケア/フィットネスの領域では、移動によりどれくらいカロリーを使ったかを示すMove機能、活発な動きをどれくらいしたかを示すExercise機能、何度立ち上がって休憩を取ったかを示すStand機能が含まれている。ただし、他のヘルスケア向けウェアラブル端末に見られる、睡眠状態のチェックは行えない。そして、もう一つの機能は、3番目のモバイルペイメントのためのNFC(近距離無線技術)機能だ。もちろん、Apple
Watch用のアプリもいろいろと用意されている。
機能的にいろいろそろっているが、すでに出ている他社からのスマートウォッチに比べ、大きく飛躍したかといえば、モバイルペイメント機能を除くと、あとは改善というレベルにとどまっているように感じられる。一方、そのデザイン性やユーザー・エクスペリエンスの部分では、Appleらしい工夫がみられる。そのひとつは、時計の竜頭のようなDigital
Crownだ。指で小さな画面をタッチして、文字や絵を拡大縮小するのではなく、このDigital
Crownを回すことでそれを実現しているのは、他社のものに比べ、使いやすさの向上が見られる。画面のタッチもその強さをTapとPressの2つに分け、それぞれに異なる機能を持たせたのも、使いやすさの向上につながる。以前からiPhoneやiPadで使える、音声認識を利用したパーソナル・アシスタントのSiriも、Apple Watchでは、より便利な機能となるだろう。
ただ、価格が$349からと他社の製品に比べて高く、発売は来年はじめと、まだ4ヶ月あるいはもっと先だ。さらに、毎晩充電する必要があり、時計やヘルスケア用ウェアラブル・デバイスとしては、少々面倒だ。そのため、長い間待たされて出てきた製品にもかかわらず、すごいものが出てきた、という印象は薄く、市場の反応も今ひとつだ。また、これまで市場に出ているスマートウォッチへの市場の反応も、決していいとはいえない。Apple
Watchが、他社製品より優れているという評価は出ているが、来年実際に製品が出荷されはじめ、人々が使い始めてどのような印象を持つか、それまで待たないと、この製品の成否は判断が難しい状況だ。
さて、3番目の発表の目玉は、Appleによるモバイルペイメント、Apple Payだ。これは、クレジット・カードや現金を使わず、iPhoneやApple Watchを読み取り装置にかざすだけで支払いを可能にするシステムだ。技術的には、NFCを使っており、Googleが以前から提供し、あまり普及していないGoogle
Walletで使っている技術と同じだ。日本では、SUICAなどでおなじみの技術だ。しかし、米国では今までのところ、この技術を使ったものは、ほとんど普及していない。
Appleは、このApple Payを全く独自の決済システムとせず、大手クレジットカード会社3社(VISA、MasterCard、American Express)とのパートナーシップによるシステムとしており、Apple
Payは自分の持っているクレジットカードとリンクされて、最終的にはクレジットカードによる決済となる。これは、ユーザーにとっても、全く新しい決済システムを使うのではなく、違いはクレジットカードを読み取り装置に読ませてサインする代わりにApple Payを使う、ということだけなので、比較的抵抗が少なく使えるもののように思える。
このApple Pay普及のためには、いくつかのハードルがある。ひとつは、専用の読み取り装置が必要になるため、店舗がそれを導入してくれるか、という点だ。これに対し、発表時点で、マクドナルド、Macy’s(大手デパート)、Walgreens(大手ドラッグストア)、Whole Foods(大手健康食品スーパー)などが導入をすでに決定しており、全米で少なくとも22万箇所でApple
Payが使用可能という。しかしながら、クレジットカード支払いを受け入れる店舗は全米で900万を超えており、Apple
Payのための読み取り装置普及には、かなり時間がかかることが予想される。唯一つAppleにとって都合のいいタイミングなのは、クレジットカード会社が最近カードにICチップを導入し、店舗にもICチップを読み取れる装置の導入を要求していることだ。この装置を導入しない場合、クレジットカード不正による損害は店舗の責任になるというから、店舗も新しい読み取り装置を早急に導入してくるだろう。そのとき、その新しい読み取り装置にNFCでの読み取り機能も付いたものを導入すればいいので、タイミングとしては、とてもいい状況にある。
もう一つのハードルは、ユーザーが、この新しいモバイルペイメント方式をセキュリティ上安全と思うかどうかだ。これについては、技術的には、現在のクレジットカードをそのまま使うのに比べ、より安全との専門家の意見もあり、また、最終的な決済方法が、これまでと同じクレジットカード会社による決済のため、何か問題が起きても、米国ではユーザー責任を問われないことに変わりはないので、意外とユーザーの抵抗は少ないかもしれない。
このようにハードルもあるが、もしAppleがこの市場で成功すれば、Appleにとって、新たな大きな収入源となる。Apple Pay経由のトランザクションで、Appleがいくら収入を得る契約になっているかは不明だが、それだけでなく、モバイルペイメントを使うユーザー一人あたり、広告収入だけでも年間$300あるという予測もある。もし世界8億人のユーザーがApple
Payを使い出したら、広告収入だけでもAppleに入る収入は膨大な額となる。
さて、今回の発表でAppleから出てきた新しいカテゴリーの製品/サービスであるApple WatchとApple
Payは、いずれもすでにGoogleを含め、他社が先行し、しかも市場がまだいい反応を示していない分野だ。そこに乗り込んできたApple。画期的な新機能を持ち込んだとは言いがたいが、細かいところでの使い易さなどにAppleらしさは確かに感じられる。そしてAppleのブランド力。この2つの力で、今回の発表が、市場から新たなイノベーションを起こした製品/サービスと言われるような成功を収めるかどうか、これからの1-2年で、その評価は決まる。
黒田 豊
(2014年10月)
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