ブロードバンド・インターネット―日米事情
日米の情報通信事情を考えるとき、われわれは、しばしば米国のほうが先に進んでおり、日本は遅れている、とよくいう。実際、日本で使われている情報通信技術の多くは米国からスタートしている。技術そのものだけでなく、その技術を使った新しい市場も、米国で最初に広がり始める場合が多い。
ところが、この5-10年を見ると、2つの例外があるように思われる。一つは一般消費者向けブロードバンド・インターネット(以下、ブロードバンドという)の普及であり、もう一つは携帯電話の普及である。携帯電話の話はまた別な機会に話すとして、今回はブロードバンドについて話してみたい。
一般消費者向けブロードバンドの世界で、ADSLの広がりは日本のほうが米国よりも早かったし、光による高速ブロードバンドも日本では着々と広がってきているが、米国では、ADSLとCable
modemによるブロードバンドは普及したものの、光による高速ブロードバンドは、まだまだこれからである。しかし、これをもって、ブロードバンドでは、日本が米国より進んでおり、米国のブロードバンド事情など見る必要がないと考えるのは、大きな間違いである。
現在、米国でも電話会社は光による高速ブロードバンドを普及させようと本気になっているが、まだ実態としての普及速度は遅い。そもそも電話会社は数年前までは光によるブロードバンドに積極的ではなかった。彼らは光によるブロードバンドを広げても、それに伴うサービスからどれほどの追加収入が得られるか疑問視し、それに比べて、光を各家庭までつなげるには、いずれの方式を使っても、十分な投資効果が得られないと考えていたからだ。ただし、この点については、もうクリアされており、今は電話会社も光による高速ブロードバンドに積極的である。
その理由は、ケーブルテレビ会社によるトリプルプレー・サービスである。トリプルプレーとは、ご存知の方も多いと思うが、電話、インターネット、テレビ放送の3つのサービスを1つの回線(この場合はケーブルテレビ会社のケーブル)で提供しようというものである。ケーブルテレビ局は、もともとテレビをケーブルによって提供していたわけだが、インターネットの広がりとともにインターネットへのアクセスをケーブルモデム経由で提供し、さらに最近、このインターネット・アクセスを使ったIP電話を提供しはじめたので、トリプルプレーが可能になったわけだ。
こうなると、ユーザーは電話会社の電話を使わなくても、ケーブル会社と契約するだけでテレビ、インターネット、電話の3つとも使えてしまうので、電話会社からの切り替えが起こり始めている。これは電話会社にとって大変なことなので、電話会社もトリプルプレーを提供するため、光による高速ブロードバンドを広げようとしているわけだ。実際のところは、まだ光が家庭まで来ていない場合が多いので、とりあえずの暫定措置として、電話線では通常の電話とADSLによるインターネット・アクセス、テレビは衛星放送会社と提携して提供する(実際に1つの回線ではないが、ユーザーから見れば1つの会社との契約で3つのサービスが受けられる)ようになっている場合が、現在は多い。
ということで、米国でもブロードバンドはそこそこ発展しているが、日本ほどブロードバンド・ネットワーク・インフラが広まっているわけではない。これは事実である。
しかしながら、これをもって、ブロードバンドに関するすべてのことが米国より日本が進んでいると考えるのは早計である。実際、ブロードバンドを利用したインターネットによるビデオコンテンツ配信については、米国のほうが明らかに進んでいる。たとえば、日本でも利用者が多いと言われている一般消費者からのビデオコンテンツを集めたサイトとして急激に有名になったYouTubeを含め、話題は多い。
テレビ放送にしても、日本でもインターネット経由でテレビ局が一部の番組をテスト的に流しているが、米国ではテレビ局のウェブサイトだけでなく、ポータルサイトとのパートナーシップによる番組配信など、ここ1年、動きが活発だ。Yahoo、MSN、YouTube、AOL、Googleと、どこもビデオチャンネルをたくさん用意しており、テレビ放送局とのパートナーシップ、コンテンツ制作会社とのパートナーシップ、映画会社とのパートナーシップ等を軸に、一般ユーザーからの投稿も加えたビデオコンテンツを提供している。ビデオコンテンツの提供方法もストリーミングによる提供、iPodなどへのダウンロード等、多彩だ。
ビジネスモデルも有料、無料の両方が広がっているが、どちらかというと無料でビデオコンテンツを提供し、広告収入で売上を立てるという方式が主流になりつつある。ビデオコンテンツ用の広告も、いままでのテレビだと、単に視聴率だけを頼りにしていて、どんな人たちが実際に見ているか、はっきりつかめないままにぼんやりと広告効果を測っていた。
これがインターネットの特徴である、双方向性、ユーザーの属性がある程度わかる等の点を使うことによって、より効果的な広告が出来るようになり、またその効果も測定しやすい。広告主も広告効果が明確になればお金を使いやすいし、狙っているターゲット・ユーザー層に向けて、それにふさわしい広告を打つということも実現できるので、広告効果が高まることは間違いない。
今や米国人全体で見ると、1週間にテレビを見る時間より、インターネットを使っている時間のほうが長いのが現実である。しかもテレビを見る場合Tivoなどのレコーダーを使って見る場合が多いため、テレビ広告はスキップして見られない場合が多い。このため、すでに広告主はテレビ離れをどんどん加速している。大手広告代理店も、いままでのようにテレビ中心の広告ビジネスだけでは、やっていけなくなる日がそう遠くない。これに対し、インターネットの世界では、Googleのようなサーチエンジンや、Yahoo、MSN、AOLなどのポータルが広告の中心になってきており、これらのインターネット企業が広告主と直接商談する場合も少なくない。
このように、ブロードバンドの普及により、ビデオコンテンツにからむテレビを含むあらゆる業界、そしてテレビ放送局の収入源である広告をつかさどる広告業界は、これから激震することが間違いない。いままではインターネットと距離を置くことが多かったテレビ局や映画会社等も、いかにしてインターネット時代を生き抜いていくか、あたらなビジネスモデルを本格的に模索している。日本でも同様の議論はあり、Gyaoのようにビデオ配信に力を入れているところもあるが、米国からみると、まだまだビジネスモデルの構築等では、ペースがゆっくりしているように見える。
ブロードバンド・ネットワーク・インフラでは、確かに日本が先行しているが、ビデオコンテンツに関わる各企業の動き、ビジネスモデルに関しては、あきらかに米国が先を行っている。この状況を見落とすと、日本におけるブロードバンド・インターネットでのビジネス機会を見失うことにもなりかねない。ブロードバンドでも日本企業は米国から目を離すべきではないことを、改めて認識したい。
黒田 豊
(2006年9月)
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