マルチメディア、インターネット、そしてCALS
ここ1年半余りの間、日本ではいくつかの大きなブームがあった。最初のブームは‘マルチメディア’、二番目が‘インターネット’、そして最近のものがCALSである。 日本にいると、これら3つのブームの重要度の違いは以外とわかりにくいかもしれないが、米国ではその違いは歴然としている。
最初にブームとなったマルチメディア(主に、双方向テレビのようなビデオを使用するネットワーク化されたマルチメディア)は、米国のクリントン大統領が推進した情報インフラストラクチャー、俗に言う情報スーパーハイウエー、が発端であろう。米国でもこれは1993年の後半から1994年の中頃にかけて、きわめてホットな話題となった。大手電話会社とケーブルテレビ会社の合併、買収、提携等の話が多く語られた。そして、電話会社やケーブルテレビ会社の人々は、情報スーパーハイウエーに大きな市場の可能性を見、近い将来急激に市場が拡大すると考えた。
大手電話会社の1つであるベル・アトランティック(Bell
Atlantic)と大手ケーブルテレビ会社のTCIの大きな合併話が1993年10月13日に持ち上がった時には、全米に大きな衝撃が走った。そして、これはその先に続くいくつもの大きな合弁、提携を予感させた。しかし、このベル・アトランティックとTCIの合併話は1994年2月23日に解消され、それ以降このような大きな合併話や情報スーパーハイウエー建設の熱はすっかりさめてしまったようである。
情報スーパーハイウエーを利用したマルチメディアの大きな実験もその当時次々と発表されていた。最も大きな実験の一つにタイムワーナー社他がフロリダ州オーランドで計画した実験が上げられる。当初の発表では、実験を1994年春に開始し、4000世帯の家庭を対象に行う予定であった。しかし、実験は1994年暮れまで始まらず(当初予定より半年以上の遅れ)、うわさでは規模を大幅に縮小して現在でも100世帯以下で細々と行っているようである。
このような状況になったのには、色々な理由があるだろうが、最も大きな理由は以下の3つではないかと私は考えている。
・ 投資額が各社が当初考えていたよりも大きいことがわかった。
・ 技術的にもまだ未熟な部分があり、仮に可能だとしても高価だったり、大規模なシステムに拡大するためには拡張性に問題があることがわかった。
・ アプリケーションの中心となると予想されていたもの(ビデオ・オン・マインド等)が以外と人気がなく、人々はそのようなサービスにあまりお金を使わないという事がわかった。
このような状況がわかり、ネットワーク・インフラストラクチャーを建設する会社(電話会社やケーブルテレビ会社)も、新しいサービスのためのハードウェア、ソフトウェアを作る会社も最初の計画を後退させることにした。
情報スーパーハイウエーに向けてのネットワーク・インフラストラクチャーの建設や、製品の開発は引き続き行われているが、その開発速度は大幅にスローダウンしている。各社とも事業機会があるとは見ているものの、それは近い将来ではなく、遠い将来のことであると認識している。
ただし、情報スーパーハイウエー関連製品で自社製品仕様を業界標準にしようと考えている会社は現時点から真剣に市場に対応しなければならない。それは、このような新技術を利用した新しい市場では、大きなマーケットシェアを占有したものが業界標準となるからである。したがって、これらの会社にとっては、たとえ利益は長い間あまり出なくても、業界標準を制するために今日の市場で競争する必要がある。
二番目のブームはインターネットであった。インターネットは3つのブームの中で今日現在、他の2つに比べて圧倒的に重要なものであり、ここ10年のうちでも最も重要な現象のひとつである。日本の書店では既にインターネットのブームは去り、インターネットの本(拙著‘インターネット・ワールド’<丸善ライブラリー>も含めて)を探すことは難しくなっているが、現実の世の中ではインターネットが猛烈なスピードでありとあらゆる分野に広がって来ている。
私はこの7月に日本で多くの方々とインターネットについて話をする機会があったが、どうも日本の多くの人達はインターネットの重要性を十分認識していないように感じられた。日本ではインターネットを単なる‘いくつかあるブームのひとつ’くらいにしか思っていないようである。これは大きな間違いであると私は申し上げたい。これについては、来月のレポートにて詳しくお話したい。
最も最近のブームはCALSである。CALSの正式名については、いくつかのバージョンがある。最初のものはComputer-aided Acquisition and Logistics Supportである。2つ目の、そして最もよく使われているものは、Contiuous Acquisition and Life-cycle Supportである。三番目はCommerce At Light
Speed であるが、これは最近言われているElectronic Commerceとまぎらわしく、CALS本来の意味を少し逸脱している気がする。
二番目のContiuous Acquisition and Life-cycle
Supportという定義が一番CALSを言い表わしていると思うが、CALSとは設計、開発、流通、サポートといった製品のライフサイクル全体にかかわり、企業や組織間であらゆる情報をその形式を標準化することにより、共有しようというものである。もともと米国、国防総省が製品納入業者との情報のやりとりを電子化するため、情報の形式を標準化しようとしたところから始まっている。
以来、この情報共有化のために情報の形式を標準化しようという動きは民間企業の間にも広まり、各企業がベンダーや顧客と情報をやり取りするのに使用され始めている。ただし、使われようとしている標準は必ずしも新しいものではない。標準としては既に世の中で標準となっているもの、そしてこれから標準になろうとするものが使われる。たとえば、EDI(Electronic Data
Interchange)、CADのSTEP標準、文書管理のSGMLなどが使われる。
CALSの概念は極めて重要なものであり、特に製造業の各社は次第々々にこの概念を導入し始めている。しかし、これは私の知る限りでは特に何か新しいものが現われたとか、何か技術的にブレークスルーがあったというものではない。したがって、これは大切な概念ではあるが、米国では特に今ブームになっているというものではない。実際、CALSで採用しようとしている標準のいくつか(または多く)は、まだ未完成のものであり、完成までには数年かかるものもある。
もし日本企業、特に製造業の各社がCALSに対して何の準備もされていなかったとしたら、即にCALSへの対応を考えなければならない。もしかすると、日本はこのような状況のため、日本だけにCALSブームが(少なくともCALSを勉強するという意味で)起きているのかもしれない。しかし、日本の人達もCALSが米国では特に大きなホットトピックとなってはいない点は知っておく必要があるだろう。CALSはゆるやかに起こっている現象であり、一般企業およびビジネスマンにとってはインターネットのようなものに比べれば、それほど緊急度が高いものではないということである。
黒田 豊
(1995年9月)
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