パリ・オリンピック2024とスポーツテック
7月26日、パリ・オリンピック2024が始まった。開会式は、いかにもフランスらしい趣向で一杯だった。セーヌ川を使った入場行進に始まり、エッフェル塔を背景にした開会式セレモニーと光のショー、ルーブル美術館前を通り、最後は気球の台座への聖火の点火。そして最後は闘病中と言われるCeline Dioneによる「愛の賛歌」。パリの街全体を使った、とてもユニークで、スケールの大きい、素敵な開会式だったと思う。そして、最初の数日で、日本選手のメダル・ラッシュが続いているのもうれしい。
さて、いまやオリンピックは単なるスポーツ競技の場ではなく、テクノロジーのショーケースとでも言える場にもなっている。これまでのオリンピックでも、このコラムで以下のような記事を書いてきた。
• インターネットで楽しむ北京オリンピック(2008年8月)
• リオ・オリンピックは、どのように楽しみましたか?(2016年9月)
• 情報通信技術で進化するオリンピック、スポーツ(2021年9月)
いまやスポーツとテクノロジーは切っても切れない関係になっており、スポーツテック(SportsTech)という言葉も、よく使われている。以前も書いたが、スポーツでのテクノロジーの使われ方は、大きく以下の3つに分類できる。
• ファン向けに、観衆や視聴者を楽しませる技術
• アスリートのパフォーマンスを分析し、改善するための技術(敵方の分析も含む)
• スポーツ・イベントを運営・提供する企業のための技術
2008年に記事を書いたときは、インターネットによるテレビ番組のビデオ配信の話について書いた。この年の北京オリンピックで、米国では初めてほとんどの競技をインターネット経由で見ることができるようになった。柔道など、日本は強いが米国に強い選手がいないため、テレビ放送されない種目も見ることができるようになり、うれしかったのを記憶している。2012年のロンドン・オリンピックでは、すべての競技がインターネット経由で見られるようになった。
2016年も、オリンピックのインターネット配信のことを中心に書いているが、オリンピック以外でも、野球の大リーグ(MLB)、フットボール(NFL)、バスケットボール(NBA)など米国のプロスポーツで、テレビ局経由ではなく、各スポーツ競技団体によるインターネット配信(有料)が広まった話をしている。
2021年には、オリンピックをインターネットによるストリーミング配信で見る人が増え、テレビ放送で見る視聴率が下がったという話だ。これには、ストリーミング配信が、パソコンやスマートフォンだけでなく、大画面のテレビで見ることが、一般的になったことが一つの要因だ。
ここまでは、ファン向けの、しかもインターネット配信の話が中心だったが、2021年になると、スポーツテックに大きな進化が見られた。アスリートのパフォーマンス向上や、イベント運用向けにも、多くのテクノロジーが使われ始めた。その大きな要素はカメラを含むセンサーの利用拡大と、そこから得られるビッグデータを分析するAI技術だ。
つい先日、NHKの番組「クローズアップ現代」で、「AI革命、激変するスポーツの未来」という番組を放送していたが、そこで紹介されていたものは、すでに2021年には行われ始めていたものが中心だった。とはいえ、AIがスポーツ界に激変を起こしているのは、まぎれもない事実で、これは2022年11月の生成AIの登場で、さらに本格化している。
国際オリンピック委員会(IOC: International Olympic Committee)も、AIに本格的に取り組むべく、「Olympic AI Agenda」というものを、今年4月に発表している。その目的は、AIのリスクをマネージしつつ、その可能性を最大限に生かし、アスリートを支援し、スポーツ、そしてオリンピック競技の発展推進のため、IOCの活動をガイドすることとしている。
その中では、以下の5つの分野に焦点を当てている。
• アスリートの公平な競争と安全を支援する
• AIの恩恵への平等なアクセスを確保する
• オリンピックおよびパラリンピック競技の運営を、持続可能性(Sustainability)を重視しながら、最適化する
• 人々とのエンゲージメントを継続する
• IOCおよびスポーツのマネジメント全体の効率を向上させる
では、パリ・オリンピックでの具体例をいくつか見てみよう。アスリートの安全のため、SNSを監視し、アスリートをAbuse(ののしる、など)するようなものがないかを監視している。また、アスリートがパリで困らないよう、母国語でいろいろ質問できる、生成AIを使ったChatbot(AthleteGPT)も用意されている。
環境の持続可能性向上のため、会場等でのエネルギー消費状況や観衆の移動状況などを、AIを使ったデジタルツイン(現実空間にある情報をセンサーなどで集め、そのデータを元にデジタル(仮想)空間で再現するもの)でシミュレーションしながら、最適化も行っている。デジタルツインは、アスリートの強化トレーニングにも使われており、カメラでは1秒間に32コマのところ、512コマ撮れるセンサーを付け、泳ぎの状況を詳細に分析し、泳ぎのどこを変えればどんな結果が出るか、デジタルツインでシミュレーションし、強化方法を考えている。
また、ファン向けには、2021年9月の記事に書いたものに加え、個人個人が登録した興味のある競技についてのハイライトの動画を編集し、さらにそれに有名アナウンサーの声を模した、AIによる解説を加えてくれる、というサービスを提供するところもある。競技の時間の計測を1932年から続けているOmegaは、計測をより正確にするため、陸上競技では、高性能のカメラで4万分の1秒までフィニッシュラインを越える差を判定できるようにしたり、水泳競技では、フィニッシュのタッチが100万分の1秒までの正確な計測が可能と言う。
まだ他にもたくさんAIをはじめとするテクノロジーが、パリ・オリンピックで使われることだろう。競技を楽しみつつ、そこに使われているテクノロジーを見るのも、楽しみなオリンピックだ。
黒田 豊
2024年8月
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