スタートアップ・コミュニティにとって、

破綻したシリコンバレー銀行は、どんな存在だったか

3月10日、シリコンバレーでスタートアップ企業の支援に注力していたシリコンバレー銀行(SVB)が破綻した。米国で2番目に大きな銀行破綻ということで、米国だけでなく、日本を含め、世界で大きな話題になったので、ご存じの方が多いと思うが、このコラムの本題ではないが、簡単に復習すると、以下のようになる。

SVBでは、預金で集めた資金を企業融資に回した残りのお金を、安全な米国債を購入する形で保持していた。ところが、ここ最近の米連邦準備制度理事会(FRB : Federal Reserve Board)による利上げの結果、SVBで持っていた米国債の価値が大きく下がった。一方、多くの預金をSVBに預けていたスタートアップ企業などは、経済の先行きを心配し、預金を下ろし始めた。

その結果、SVBはそれらに対応すべき現金が足りなくなり、保持していた米国債を、損失を出してでも売却する必要にせまられた。その損失額が$1.8 bil.に上ると発表し、現金確保のために新規株式を発行すると発表したところ、株価が急激に下がった。これをみた預金者たちが、一斉にSVBから預金を引き出す、いわゆる「銀行の取り付け騒ぎ」が起こり、わずか48時間ほどでアッという間に銀行はFederal Deposit Insurance Corp.(FDIC)から閉鎖を求められ、破綻した。スタートアップ企業に投資していたベンチャー・キャピタルも、投資先企業にSVBから預金を即刻引き出すようにと伝え、これが取り付け騒ぎに拍車をかけた。

銀行に預けられた預金は、一口座あたり$250,000までFDICに保証されているが、SVB
に預金を預けていた会社の多くは、それをはるかに超える金額を預けていたため、この取り付け騒ぎとなってしまった。実際、預金残高の90%以上は、FDICの保証金額を超えたものだった。また、このようなうわさがTwitterをはじめとするSNSによって、瞬く間に多くの人々に広がったのも、銀行が対応する時間を作れなかった原因でもある。

銀行破綻の問題は、米国議会やFRBでも問題になっており、今後対策が考えられるものと思うが、米国政府がSVBの預金のうち、通常はFDICで保証されない部分も、FDICがカバーすると早々に発表し、SVB自体は別な地方銀行のFirst Citizens Bankが買収するということで3月27日に合意され、ひとまず落ち着いたという状況だ。そもそも今回のSVB破綻は、よくある不良債権を多くかかえた銀行の破綻ではなく、銀行としては健全だったものが、米国債への大量投資と、FRBによる利上げによる損失をマネージできなかった、初歩的なミスによるものと考えていいだろう。

さて、状況の説明が長くなってしまったが、このコラムでカバーしたいのは、SVBがこれまでシリコンバレーのスタートアップ・コミュニティにどんな役割を果たしていたか、そしてSVB破綻後、その役割を果たす銀行が出てくるのかについてだ。まず、SVBがどんな銀行だったか見てみたい。

SVBは1983年、Bill BiggerstaffとRobert Medearisが、ほとんどの銀行に無視されていた、まだどんな会社になるかわからないスタートアップ企業を、支援することを目的として設立された銀行だ。当初は特定な業種に特化していなかったが、1990年代に不動産市場が悪化したときに大きな損失を出し、それを踏まえて2001年からは、先進技術企業に特化することで、他の銀行との差別化を図った。そして、そのために、銀行員はベンチャー・キャピタル、投資家、起業家などと強い関係を結ぶようになった。

これが功を奏し、スタートアップ・コミュニティの成長とともにSVBも成長し、預金高は2010年の$14 bil.から2015年には$40 bil.近くになり、2022年のピーク時には$198 bil.、従業員8,000人、全米銀行ランキングでも16位の銀行となった。これに伴い、親会社の株価も、2011年の$50から、2021年のピークには$755まで上昇した。預金の90%は、先進技術企業からのものだった。そして、米国のベンチャー・キャピタルから支援を受けている先進技術スタートアップ企業の半数以上が、SVBと取引するようになっていた。

SVBがスタートアップ・コミュニティでどんな存在だったかというと、ある人の言い方を借りると「Center of gravity」、中心に位置する存在だ。まず、よく言われるのは、まだよちよち歩きのスタートアップ企業に対し、リスクをとって積極的に融資したことがあげられる。米国でも大手銀行は、企業に融資するときには、その企業に十分な資産があるか、事業の実績はあるか等、いろいろな点から評価し、それを無事通過した企業にしか融資しない。スタートアップ企業は、資産も実績も不十分な場合が多いので、大手銀行がスタートアップ企業に融資することは少ない。これに対し、SVBはまだ利益を出していないスタートアップ企業を含め、積極的に融資してくれた。いわゆるVenture Debt(スタートアップ企業向けの特別な融資)を受け入れてくれる、数少ない銀行だった。

SVBがそのようなことができたのは、SVBがベンチャー・キャピタル・コミュニティに深く入りこんでおり、彼らとのディスカッションの中から、そのスタートアップ企業に融資することのリスクレベルを評価できたのが、一つの大きな要因だ。実際、今回のSVB破綻でも、融資先のお金が焦げ付いたから破綻した、という話では全くない。

一見Venture DebtがSVBの大きな役割のように見えるが、いろいろな話を聞くと、それは実はそれほど大きな要素ではなかったという。実際、スタートアップ企業、中でも売上$5 mil.以下の企業に融資された金額は、融資総額の約3%にしか過ぎない。スタートアップ企業の話を聞いても、このようなVenture Debtを受けていた企業は、少なかったという。SVBが融資したお金は、実はベンチャー・キャピタルへのものが多かった。ベンチャー・キャピタルは基本的にファンドを組み、その資金を企業や年金組合などから集めるが、その途中でSVBからの融資を受け、早めに有望なスタートアップ企業に投資することが可能になった。そのため、SVBの存在がベンチャー・キャピタルにとって、とても重要なものであった。また、SVBは海外のスタートアップ企業が米国進出に際し、銀行口座を先に開設できるようにするなど、便宜をはかっていた。

とはいえ、ヘルスケア、ライフサイエンス、バイオ・テクノロジーなど、開発に長い年月がかかるものに対して、資金を融資してくれる銀行はSVB以外ほとんどなく、これらの業界とのつながりは深かった。SVBの預金総額の12%が、この業界企業からのものだったことが、それを物語っている。コロナ禍でこの分野のスタートアップ企業を支援したSVBが、コロナ禍対応に貢献したことは、間違いないだろう。

スタートアップ企業にとってのSVBの価値は、Venture Debtが中心ではなかったが、もっと実際のビジネスを進める上で、大きな役割を果たしていた。例えば、SVBは起業家と投資家を結びつけるためのクッキング・クラスや、ボートでのパーティなどの集まりを頻繁に開催していた。このスタートアップ・コミュニティへの貢献が、SVBの大きな価値だった。また、SVBは融資したスタートアップ企業の社員に対し、特別な優遇措置として、通常より低い利子で住宅購入のためのローンを組ませるなど、融資先企業の末端まで細かな支援をしていた。

SVBの破綻は、それでなくてもスタートアップ企業への投資が、ここ1年で63%と大幅に低下した状況に、さらに冷や水をかぶせた格好だ。ここ数年、スタートアップ企業への投資資金が潤沢にあり、こんなスタートアップ企業にもこんな多額の投資がされるのか、と驚くこともしばしばだったが、もうその時期は終わり、優良スタートアップ企業にも、なかなか資金が回らない厳しい状況になってきた。

冒頭に書いたように、SVBはFirst Citizens Bankに買収され、Silicon Valley Bank, a division of First Citizens Bankとして再出発することになった。しかし、2022年末にSVBにあった預金$151 bil.は、3月10日には$119 bil.、そしてその2週間後には$56 bil.まで低下した。シリコンバレー銀行という名前は引き継がれたが、SVBが持っていた起業家やベンチャー・キャピタルなど、スタートアップ・コミュニティとのつながりは、新銀行でも継続されるのか。今後の新しいSVBの動きに、シリコンバレー、そして米国スタートアップ・コミュニティが注視している。

黒田 豊

2023年4月

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