情報技術革新で大きく変わるヘルスケアと、それを支えるスタートアップ企業

技術革新、中でも情報通信技術、デジタルの力で多くの業界が大きく変革している。いわゆるデジタル・トランスフォーメーションだが、今回はヘルスケア分野についてみてみたい。ヘルスケア分野は極めて広いので、今回はその中で4つの点について注目してみていきたい。

1つ目は、AIを活用したヘルスケアだ。AIを活用したヘルスケアはいろいろあるが、一つはIBMが自社のAIマシーン、通称ワトソンを使って行う、医師に診断の助言を与えるシステムがある。これは、個人の診療情報、本人や家族等の病歴情報、最新の膨大な医療情報などから、その患者の病名を判断したり、最善の診療方法を助言するシステムだ。もう一つは、AIを活用したMRIやCTなどの画像解析から、人の目で見落としそうなものまで、人よりも短時間で異常を見つけてくれ、医師に助言するものだ。こちらは、Aidoc Medicalなど、多くのスタータップ企業が市場を争っている。いずれも医師にとって代わるのではなく、医師を支援するという意味で、Augmented Intelligenceと呼ばれている。

別なAIの使われ方としては、個人が入力する体調などの情報をもとに、AIがその人の健康状態を診断してくれるモバイル・アプリも各種ある。これによって、医者に診てもらうべきかどうかの判断が、個人である程度できるというメリットがある。AIはこれ以外にも、創薬(Drug Discovery)のためのビッグデータ分析に活用され、効率向上と期間短縮に生かされている。

2つ目は、パーソナライズされたヘルスケア(PHC : Personalized Healthcare)だ。個人の遺伝子情報をもとに、その人がどのような病気にかかりやすいかを判別し、その予防をしたり、また、何かの病気にかかった場合、万人向けの薬ではなく、その人の遺伝子に合わせた薬を処方し、副作用などのリスクを最小限にし、最大限の効果を得ようというもので、Precision Medicineと呼ばれる。まだ発展途上の技術ではあるが、そのもととなる遺伝子解析のコストは年々低下しており、個人でテストできるDNAキットは、例えば有名な23andMe社のものは、以前$1000以上していたものが、いまは$100前後でも実施できる。実際、これらを使って遺伝子解析をする人も増えている。この遺伝子解析を行うと、先祖がどこから来たか、などの情報も得られ、そのようなものを知るためにテストキットを使う人も増えている。

3つ目は、リモートからのヘルスケアだ。リモートからのヘルスケアには、大きく2つある。一つは、コロナ禍で大きく広がった、対面に変わるリモートからの遠隔診療だ。すでに多くの人たちが経験しているものだろう。この分野の市場規模は、米国で166億ドル(約2兆4000億円).と言われている。コロナ禍が始まったころは、その利用が急激に伸び、たとえばStanford大学病院では、リモート診療がコロナ前の50倍に増えたとか、別な病院では350倍になったという話が報道されていた。

最近は、そのころよりは多少減少したかもしれないが、コロナ禍が落ち着いてきた今でも、リモート診療で済むものはリモート診療で済まそうという方向になってきている。これは、医者にとっても患者にとっても大きな時間の節約になるというメリットを生んでいる。自分のことを考えても、対面でなく、リモート診療ですませたり、医者とのやりとりも、Eメールで済ませることが増え、この変化を肌で感じることができる。

これは、リモートでのビデオ診療やEメールによるやりとりという、これまで技術的に問題なかったものが、コロナ禍を契機に、法規制や保険会社の支払い等のリモート診療に対する緩和によって、より積極的に利用されることになったものだ。さらに、あとで取り上げる、ウェアラブル・デバイスにより、そのデータを医療機関に送信したり、常時モニターできるようになったことが、リモートによるヘルスケアの発展に大きく寄与している。

リモートからのヘルスケアには、これとは違った、リモートによる手術というものがある。Telepresence Surgery(またはTelerobotic Surgery)という分野で、以前私が勤務していたSRI Internationalが開発し、その後スピンアウト会社Intuitive Surgicalとして活動しているものがある。この会社は1995年に設立され、開発したda Vinci Surgical Systemは、すでに世界で7,000近く導入されている。この技術は、もともとSRIが米国防総省からの依頼で、戦地での傷病者に対する遠隔地からの手術実現のために開発された技術と聞いている。

4つ目は、ウェアラブル・デバイスを使ったヘルスケアだ。これも大きく2つに分かれ、1つは一般消費者向けの、手首などに着けるもの、もう一つは患者のモニタリング向けのものがある。前者としては、FitbitやOura Ring、Apple Watchなど、有名になっているものも多く、すでに使っている人も多いだろう。機能的にもフィットネス向けから、健康のための睡眠状態のデータ、脈拍、血圧など、さらにはEKGデータ(心電図)など、健康状態に関するデータも次々と得られるようになってきている。もちろん、それらのデータを分析し、健康状態を知らせてくれるアプリが付いているものばかりだ。Apple Watchもすでに8代目になっているが、現在のものは、EKGデータをとれるデバイスということで、米国食品医薬品局(FDA: Food and Drug Administration)の承認も得られた、医療機器と定義されている。

後者の患者のモニタリングのためのものとしては、身体の各所にパッチなどを取り付け、いろいろな身体状況を把握し、定期的に医者にそのデータを送信するようなものだ。体調の異変がいつ起こるかわからないようなものについては、医者に診てもらいに行っても、そのときに症状が出ず、常時モニターすることで初めてわかるものもあるので、きわめて有効だ。以前だと、そのために場合によってはしばらく入院して、身体状況を常時モニターする必要があったが、それが病院に入院しなくても、自宅などで常にモニターできるのは、患者にとってもうれしい話だ。病気の患者でなくても、スポーツ選手などが練習中の身体状況を把握するため、このようなウェアラブル・モニターは貴重なものだ。

この4つ以外にも、胃の検査のために、胃カメラを飲む代わりに小さなカプセルを飲み込んで胃の中を撮影するものや、メンタルヘルスに関するもの、医療事務改善にかかわるものなど、ヘルスケア分野における情報通信技術活用による進化・発展は多岐にわたっており、めざましいものがある。

このように進化を続けるヘルスケア分野の技術(healthtech)だが、大手企業だけでなく、スタートアップ企業から出てくるものが、少なくない。実際、このコラムで書いたものの多くは、スタートアップ企業から生まれてきている。現在も多くのスタートアップ企業がヘルスケア分野における新しいソリューション開発にまい進しており、そのようなスタートアップ企業への投資も2021年には569億ドル(約8兆3000億円)と、かなり大きなものとなっている。そして、それら出資を受けて成長し、株式未上場ながら時価総額10億ドルを超え、ユニコーンの仲間入りをしているスタートアップ企業も、100社近くに上る。

ヘルスケア分野では、日本でもスタートアップ企業が頑張っている。ただ、日本では法的規制や業界の慣習から、なかなか市場に食い込めないケースもあるのではないかと想像される。そんなときには、日本市場にこだわらず、思い切って世界市場に打って出ることも、道を開く一つの手だ。日本からは、なかなか世界に通用するスタートアップが生まれて来ないが、ヘルスケア分野で、世界に通用するスタートアップ企業が出てくることを期待したい。

  黒田 豊

(2022年11月)

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