AppleのiPhone10周年
AppleのiPhone10周年に当たる今年、新しいiPhoneとともにいくつかの新製品発表が、新しく完成したSteve Jobs Theaterで、9月12日に行われた。すでに新聞でも大きく報道されていたので、内容を知っている人も多いと思うが、簡単に整理すると、新しいiPhoneとしてiPhone X、これまでの継続機種としてiPhone 8と8
Plus、自身で携帯通話機能を持つApple Watch Series 3、4K映像対応の新しいApple TVなどだ。
注目はやはりiPhone XとiPhone 8(2種)に集まったが、その中味は発表前から漏れていた情報と、それほど大きく異ならなかったため、大きな驚きの発表ではなかった。iPhone Xで、これまでになかった大きな変化としては、ユーザー認証に顔認識技術を採用したFace
ID、OLEDを使った新しいディスプレイによる、枠のない全画面表示、その結果、ホームボタンをなくしたこと、絵文字に動きを加えたANIMOJI、あたりだろう。それ以外はカメラの改善など、進化はしているが、大きな変化というほどではない。iPhone 8はiPhone 7の進化したものという位置づけだ。
10周年版のiPhoneということで、今年初めから大きな期待を集め、Appleの株価は、9月12日の発表を前にして、年初から40%近くも値上がりしていた。そして、発表でTim Cook社長は、iPhone XをThe Future of
iPhoneと紹介した。しかし、いざ新製品が発表されてみると、新しい技術や機能も、その技術レベルの違いは別としても、すでに競合他社から出されているものがほとんどで、「なあんだ、この程度のものか」という声をあちらこちらから聞く。やはりスマートフォンは、最初の発売から10年が経ち、成熟した製品になったことを、改めて知らされた感が強い。
もう一つ、私が今回の発表で残念だったのは、パーソナル・アシスタントのSiriの話がなかったことだ。すでにこのコラムで何度か書いているが、パーソナル・アシスタントは、今後スマートフォンをさらに一段階上に引き上げる大きな機能であり、まだまだ発展途上の技術だと私は考えている。それなのに、パーソナル・アシスタントで時代を先行していたSiriを買収したAppleが、その機能向上に足踏みし、他社のパーソナル・アシスタントに追い付かれているのは、残念な限りだ。
さて、そんな中、Appleの今回取った戦略がユーザーに受け入れられるかが、これから年末にかけての注目だ。まず、iPhone Xという高額な次世代機種と、iPhone 8というこれまでの延長線上の機種を同時に発表したこと。そして、安価なiPhone SEを含め、$349から$1,149までの幅広い製品ラインアップをそろえたこと。さらに、iPhone
8は9月15日に予約販売を開始、9月22日発売という、発表から1~2週間での発売というこれまでの発表と同じパターンだったが、iPhone Xについては、予約販売受付が10月27日、発売は11月3日と、大きくずれ込んでいることだ。
iPhone Xの発売が遅れるのは、部品供給等の問題で、大量生産に問題が生じているとのうわさも広まっているので、必ずしもAppleが戦略的に行ったものといえないかもしれないが、少なくとも、この発売時期のずれがiPhone XおよびiPhone 8の市場にどう影響を及ぼすかは、注目されるところだ。
また、iPhone Xは、ベースモデルでも$999と、これまでのiPhoneよりかなり高価になっているが、同時にベース価格が$699のiPhone
8を出し、さらに低価格モデルも残すところを見ると、次第に自動車のビジネスにも似てきている。自動車市場は、自動運転や電気自動車の流れはさておき、ガソリン車でみると、すでに成熟した市場だが、技術の進歩にもかかわらず、毎年新しい機能を加え、さらに高級車と呼ばれるブランドを作り、車1台あたりの販売単価が下がるのを防いでいる。
特に高級車の場合、一般車に比べ、機能や豪華さが勝るとはいえ、その価格差に匹敵するコストがかかっているわけではない。マーケティングでいうヴェブレン(Veblen)効果といわれる、ブランド消費に代表されるように、商品の価格が高く、それを手に入れること自体に特別な消費意欲、欲求が生まれる、という消費者需要理論に基づいた戦略だ。iPhone
Xは、まさにそこを狙った高級機種、という感がある。ただ、iPhone Xの場合は、新しい機能や性能を追いかけた結果、その製造コストが$581(推定)と、iPhone 7の$248(推定)に比べ、かなり高くなったため、高い利益率を求めるAppleとしては、このような価格にせざるを得なかった、という面もあるようだ。
このため、iPhone XだけをiPhone 7の後継機種として発表した場合、その価格差が大きいことから、iPhoneユーザーを多く失うことを恐れ、iPhone 8も併せて発表した、というところだろう。ただ、今回のiPhone XとiPhone 8では、そこまで大きな価格差はないので、ヴェブレン効果を狙いつつも、iPhone 8との$200~300の差であればiPhone
Xを買ってしまおうか、と思うAppleフォロワーたちにも買ってもらいたい、という期待も感じられる。
では、この状況で、ユーザーはどのようにこれら新製品に反応するだろうか? メディアや専門家たちも、どのような結果になるか読めていない。Appleは今回の発表で、iPhone X、iPhone 8それぞれにどれくらいの需要があるか、最も難しい需要予測になるだろうとの意見が多い。
ユーザーの状況を見ると、iPhoneが今年10周年を迎えるということから、昨年は買い替えを控えた、という人も少なくない。実は私もその一人だ。ある調査によると、今年iPhoneの買い替えを考えている人は、50%を超えるとも言われている。そして、市場関係者の予測も強気で、この10月から始まるAppleの2018年度のiPhone売上は、2017年度にくらべ、10数%上がるとの予想だ。
いま、この記事を書いている時点で、すでにiPhone 8は発売されているが、発売当日に店に長い行列ができた、という話は聞こえてこない。実際、Appleも、最初の週末にiPhone 8がどれくらい売れたかという情報を開示していない。株価もこれを見て、9月12日の発表から、5%近く低下している。
では、これはAppleにとって悪いことか、というと、まだはっきりはしない。iPhone 8を買おうという人が少ない分、多くの人がより高額なiPhone Xに殺到する、という可能性もあるからだ。また、iPhone Xは、発表当日デモで見せられただけで、その日に集まったメディア関係者なども、十分それを使って評価する時間を与えられなかった。そのため、ユーザーとしても、iPhone
Xを買うべきか、iPhone 8にすべきか、はたまた今年はパスして様子を見るべきか、決めかねているところかもしれない。
正直、私自身も、まずiPhone Xを実際に手にしてみて、顔認識の精度や使いやすさを確かめたり、画面全体が使えることが、どれくらいの価値に感じられるかなど、体験してみないと判断できないように思っている。
iPhoneをはじめとするスマートフォン市場が成熟し、市場の注目はホーム・スマートデバイスのAIスピーカーと呼ばれるものなどに移っていくだろうが、それでもスマートフォンの市場規模は、年間約15億台、約4500億ドルと大きく、他に同じ規模の市場になる可能性がある製品は、まだ見当たらない。会社の売上、そして利益の多くをiPhoneに依存するAppleにとって、今回発表した製品がどれくらい売れるかは、今後のAppleの経営、そして株価に大きく影響する。これから年末にかけて、iPhoneの売れ行きが注目される。
黒田 豊
(2017年10月)
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