新たな段階に入ったビデオ・ストリーミング・サービス

インターネット経由のビデオ・ストリーミング・サービスが、新たな段階に入ってきた。インターネットの高速化、YouTubeによるビデオ・コンテンツ配信から始まったビデオ・ストリーミングは、いまや一般ユーザーが短いビデオをアップする時代から、テレビ番組をはじめ、あらゆるものがインターネット経由で提供される時代に進化している。

最初は、テレビ局各社が自局番組をインターネット経由で配信することからはじまり、いろいろなテレビ局のテレビ番組や映画を専門に配信するNetflixやHuluが登場し、ユーザーを広げていった。先頭を行くNetflixは、3月末に世界で9870万ユーザーをかかえ、1億ユーザーになるのも、もう間もなくとのことだ。さらに、Amazonがプライム・ユーザー向けにビデオ・ストリーミング・サービスをはじめ、競合も激しくなってきている。テレビ番組などのコンテンツを持つテレビ局は、これを見て、コンテンツのライセンス価格を引き上げた。そのため、Netflixなどは、既存のコンテンツを購入するだけでなく、独自のドラマ・シリーズを制作することにより、ユーザーの維持拡大に努めている。

これらのサービスは、基本的に見たいビデオ・コンテンツを見たいときに見る、いわゆるVideo On Demand(VOD)タイプのものだ。VODが始まったころは、映画を見るニーズが高いと思われていたが、ふたを開けてみると、むしろドラマなどのシリーズものに人気があり、それを自分のペースで続けて何回か分を見るBinge Viewingと言われるものが人気だ。このため、Netflixなどは、独自制作コンテンツをリリースする場合、シリーズ全部を一度にリリースする、という方法をとっている。

これらVODサービスは、既存のケーブルテレビや衛星放送に対し、大きな脅威となっており、VODサービスを使うことにして、ケーブルテレビ等の契約を解除する(または最初から契約しない)、いわゆるCord Cutting(最初から契約しない場合はCord Never)の人たちを増やしてきた。ただ、VODサービスだけでは、既存のテレビ放送と比べ、大きく抜けているものがある。それは、スポーツの生中継や、ニュースの同時放送だ。

しかし、これらの生放送を中心に、ケーブルテレビ会社などの高額なバンドル・サービスに対抗し、安価な小型バンドル・サービス(skinny bundle)を提供する会社が、ここ1-2年で増えてきた。Sonyの提供するPlayStation Vue、衛星放送会社DISHが提供するSling TV、AT&Tが昨年12月からサービスを開始したDirecTV Nowなどだ。そこに、この4月から、YouTubeがYouTube TVという同様のサービスを開始した。今後さらに、Huluも同様のサービスを年内に開始する模様だ。このようなケーブルテレビ等と同じようなサービスを、インターネット経由で提供するものは、仮想ケーブルテレビ(Virtual Cable TV)と言われたり、最近はBroadband Pay TV (BPTV)とも言われている。

BPTVサービスの特徴は、いくつかあるが、まず、インターネット経由のサービスであることから、ケーブルテレビ会社のように、新たなケーブルを敷設したり、衛星放送のように、屋根にお皿のようなアンテナを設置する必要がない。また、金額は大体毎月$30 - 40程度に抑えられており、既存のケーブルテレビ契約に比べると、半額以下など、かなり安いものとなっている。

ここまでくると、まさしくケーブルテレビなどの代わりになるので、ケーブルテレビ会社等は、NetflixなどのVODサービスとは一段と異なる、激しい競合にさらされることになる。ケーブルテレビ会社などは、これまで、ユーザーの「いつでも、どこでも」テレビを見たい、という要求にこたえるべく、テレビ番組をスマートフォンやタブレットに同時配信する、TV Everywhere(TVE)と言われるサービスを提供し、インターネット経由でのみビデオ・ストリーミングを行うOver The Top(OTT)サービスに対抗してきた。しかし、YouTube TVのようなBPTVサービスが出てくると、これまでの多くのチャンネルをバンドルし、高い金額を取っていたビジネス・モデルの変更を余儀なくされる。そのため、ケーブル会社大手のComcastは、インターネット経由のみのテレビ番組配信サービスを始めており、AT&TはすでにDirecTV Now、もうひとつの大手電話会社のVerizonも同様のサービスをこの夏に始める模様だ。

また、Amazonは、VODサービスを中心にビデオ・ストリーミング・サービスを展開してきたが、ここに来て、これまでTwitterが持っていた、木曜夜のNFL(フットボール)の試合を、今年は10回生中継する契約を結び、単なるVODサービス会社ではなく、スポーツを生中継で見られる、BPTV的なサービスに向けた一歩を踏み出している。

ただ、現在のBPTVは、まだ完璧なケーブルテレビ代替には、なっていない。BPTVで提供されるチャンネル数は、まだ限られており、ケーブルテレビ会社等が提供する、すべてのチャンネルを含んでいるわけではない。とはいえ、それでも十分という家庭も少なくない。また、録画撮り機能も、なかったり、数日分だったり、約1ヶ月分など、ドラマのシリーズを全部録画しておくのに不十分だったりする。しかし、YouTube TVでは、無制限に録画撮り可能で、9か月保存してくれるよう、改善されている。

それでも、ドラマ・シリーズが始まって1ヶ月くらいしてから、その評判を聞いて、シリーズの最初から見ようと思っても、録画していないので、最初からは見られない、という問題もある。これに対し、NetflixのようなVODサービスは、豊富なビデオ・コンテンツ・ライブラリーを持っているので、シリーズがはじまってしまっているドラマを、第1回から見ることができる。そこで、VODとBPTVの組み合わせで契約すれば、ケーブルテレビより安く契約し、見たいものが見られるようにできる可能性は高くなる。

米国から大幅に遅れていた日本のインターネット経由のビデオ・ストリーミングも、Netflixの上陸などを受け、大分広がってきている。ケーブルテレビ会社なども、見逃し視聴を数日間提供するようなことは、しばらく前から行っていたが、さらに日本テレビが数年前にHuluの日本での権利を買収したり、テレビ朝日とサイバーエージェントが2015年に設立したAbemaTVが、すでに400万ユーザーに達している。これまで衛星放送のスカパー!が提供していたJリーグのサッカー試合中継も、英国のスポーツ生中継を専門とするビデオ・ストリーミング会社パフォーム・グループのサービスDAZNに高額で契約を奪われてしまった。

インターネットでビデオ・ストリーミングがはじまったときから、テレビ番組の見方がこれから大きく変わる、ということは、私もすでに何度かこのコラムで書いてきた。予想より少し時間がかかっているものの、いよいよ、いつでもどこでもテレビ番組が見られる時代が、すでにいろいろなところで実現してきている。テレビは放送も残るだろうか、その中心は放送ではなく、ビデオ・ストリーミングに移行する、ということだろう。

そこにはチャンネルという概念はなく、見たいビデオのジャンルがあるだけだ。そのため、ビデオ・ストリーミングの世界で重要になるのは、いかにユーザーが見たいものを早くサーチできるか、また、いかにユーザーの嗜好に合ったものをレコメンデーションできるかが、ユーザーを引き留める大きな役割となる。Netflixは、すでにこの分野でAIの活用を含め、リードしていると言われる。AmazonもAIの利用に余念がなく、サーチとAI活用はGoogleのお家芸だ。テレビ広告についても、よりユーザーに密着したターゲット広告をするためには、視聴者のパーソナライゼーションは、かかせない。いずれもインターネット系企業の得意とする分野だ。

ユーザーにとっては、いよいよ、いつでもどこでも、好きなコンテンツが、生放送を含め、見ることができ、自分の嗜好に合わせたコンテンツをうまく勧めてくれ、広告も自分に関係のあるものが中心になる世界となる。何か自分のことを知られ過ぎているのではないか、という不安も出てくるが、便利になることは間違いない。

これに対し、既存のケーブルテレビ会社やテレビ局は、この新しい環境で、どのようなビジネス・モデルを展開していくべきか。これまで、この難題への対応を先延ばししてきていた日本でも、もう会社の将来のために、待ったなしだ。テレビ番組を含む、ビデオ・コンテンツの視聴方法が、これからどのようになっていくか、新たな段階に入った今、大いに注目される。

  黒田 豊

(2017年5月)

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