狂牛病(BSE)対策にもRFIDタグ
RFIDタグ(Radio Frequency Identification
Tag、日本ではICタグ、無線タグなどとも呼ばれる)についての話を聞いたことがある人も多いだろう。RFIDタグとは、ICチップ(ごま粒大)に商品情報や流通経路などの情報を入れ、タグ(荷札のようなもの)として商品につけ、ICチップに埋め込んだ無線アンテナを利用して、RFID読み取り機でその情報を読取ったり、情報入力するものである。
RFIDタグは、商品の流通管理等に、これからどんどん広がっていくと思われるが、そのペースは思ったより時間がかかっている。それにはいくつかの理由がある。1つは価格の問題だ。すでに1つのRFIDタグあたり1ドル近くにまで落ちてきているが、現在商品情報などに使われているバーコードに比べると高い。これが数十セント、さらには数セントにまで下がれば、格段に広がることは間違いない。普及すれば価格は下がる、価格が下がれば普及するという、にわとりと卵の関係にあるので、一度RFIDタグの普及が始まったら、雪だるま式に急激に広まるだろう。
また、RFIDタグが出始めの頃はメーカー各社でその規格がばらばらで、互換性がなかったのも大きな障害となった。これは最近国内外各社での規格統一がなされ、大きく改善した。ただし、日本では標準化団体が2つに分かれているという問題が残っている。
もう一つ大きな問題は、プライバシーである。例えば、日本でも有名なイタリアの衣料品メーカーのBenettonは、販売する商品1つづつにRFIDタグを付ける計画を発表したが、インターネットで、ボイコットを呼びかける声が高まり、去年の4月に、販売している商品にはRFIDタグを付けておらず、RFIDタグ技術については、引き続き検討課題とするという趣旨の発表を行っている。
米国では、大手スーパーのWal-Martが、髭剃り刃大手メーカーのGilletteと共同で、すべてのGillette商品にRFIDタグを付ける計画を発表していたが、昨年の夏、その計画中止を発表した。アメリカでも市民団体によるプライバシー保護のためのRFIDタグに対する反対があり、それに屈したためとも受け止められているが、Wal-Martの発表によると、個別製品より製品を入れているパレット(入れ物)単位でRFIDタグを付けて、そのトラッキングを行うことを表明しており、RFIDタグ使用について、何ら後退したわけではないと述べている。パレット単位でのRFIDタグ使用であれば、プライバシーの問題もなく、かつ作業効率が上げられるというわけである。
Wal-Martは、100社のサプライヤーに対し、2005年1月までにこのパレット単位のRFIDタグによる管理を行うことを伝え、それに対応するよう依頼している。また、Wal-Martによると、パレット単位の管理が最も効率がよく、個別製品単位のRFIDタグによる管理は、この先、少なくとも5年は行わないだろうと述べている。これらは皆事実かもしれないが、プライバシー問題に配慮した発言ともとれる。
ところが、ここへ来て、狂牛病(BSE)対策へのRFIDタグ利用が注目されている。昨年末、米国でもはじめてのBSEにかかった牛が見つかり、そのために日本をはじめとする各国が米国産の牛肉輸入を禁止したり、米国内でも牛肉の消費に影響が出ている。そのため、米国の畜産業界は対策にやっきになっている。そこに登場したのが、RFIDタグである。もちろんRFIDタグでBSEの発生が防げるという話ではないが、ひとたび発生したら、その牛の過去の履歴や関係している牛が、今どこにいるかをいち早く発見し、BSE被害の拡大を未然に防ぐのに、RFIDタグが大いに役立つというわけである。
実際、すでに牛に対してRFIDタグをつけて、その管理をすることは、いくつかの地域で実験が行われているが、今回のBSE騒ぎで、にわかに注目を集め、早期の本格的導入が叫ばれ始めている。もし制度的に実現すれば、1億頭といわれる米国の牛一頭一頭にRFIDタグをつけることになり、今後6年で6億ドルを投資する、畜産業界最大のITプロジェクトとなる。
一つの実験は、米国農務省(USDA)が一部資金を出し、Michigan州で行っているもので、これは1年ちょっと前から、州内のすべての牛にRFIDタグを付けて管理するのを義務付けたものである。これは、その前に発生した牛の結核の追跡のために導入された。牛は生まれた時点で生まれた場所、日時、種別、予防摂取、その他の情報を入れたRFIDタグをつけられ、その後、競りにかけられ、別な牧場に行き、最後は食肉となる過程を管理し、データベースに必要な情報を入れていく。
現在、牛の管理は、それぞれの牛の耳に番号を書いた札のようなものを付けて管理しているが、これだと、それを人間がひとつづつ読取る必要があり、寒い冬など、零下何度という気温の中でそれを行うのは容易ではなく、間違いも多い。そのため、ひとたびBSE等の病気が発生した場合、関連する牛を特定するために、いろいろな関係者に連絡をとり、大量のファイルの中の情報を探してもらう必要がある。これには、時には数週間もかかるという。これをRFIDタグに切り替えると、その読み取りが機械で可能となり、格段にその効率と正確さは向上し、48時間以内に必要なすべての情報が把握できるようになる。
問題はコストだ。今までの数字を書いた札だと、1枚75セントくらいで済むが、これをRFIDタグでやると、その数倍の2ドル50セントくらいかかるといわれている。ただ、RFIDタグの価格も大量生産で大幅に低下することが予想され、早晩1ドル以下になるだろう。また、BSEの牛が発見された直後の昨年クリスマス後の牛の売買では、その平均価格が通常より225ドルも低かったというから、牛一頭あたり数ドルのコスト増で済むのなら、問題はないとの意見もある。
また、牛にRFIDタグを付ける場合は、人が買うものにRFIDタグを付けるのと異なり、プライバシーの問題がほとんどない。畜産業者のプライバシーという問題が全くないわけではないが、通常の商品が一般市民のプライバシーにかかわる問題なのと比べると問題は小さく、対応もしやすいと考えられる。
RFIDタグで、このように牛一頭一頭の管理をデータベースで行えば、BSEに限らず、何か流行性の病気が発生したとき、ただちに対応がとれ、その広がりを未然に防ぐことができる。現在米国の農務省が中心となって、U.S. Animal Identification Plan (USAIP)
というプログラムが提案されており、これが実現すると、牛だけでなく、豚や羊など、合わせて2億頭の食用家畜をデータベースに登録し、管理する計画である。早ければ今年の夏から導入が始まり、2006年には完了する予定である。
不幸にしてBSEが世界のどこかで発生しても、RFIDタグによる管理体制が出来ていれば、迅速な対応がなされ、無用な大量の牛の処分もなくなり、大多数の食肉の安全性が確認され、牛肉の輸入禁止などの措置をとる必要もなく、牛丼屋から牛丼が消えるなどという寂しい話もなくなるに違いない。
黒田 豊
(2004年2月)
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