期待と不安が混じる日本の情報通信業界
新年明けましておめでとうございます。
日本の長い不況という話は、もう聞き飽きたというくらい長く続いているが、ようやくその日本の景気にも薄日がさしてきた感がある。情報通信業界でも、一部で明るい兆しが見えてきた。
薄型テレビ、DVDレコーダー、デジタルカメラが新三種の神器と呼ばれ、デジタル家電が急速に広まりだし、これらの製品あるいは部品を生産、販売している会社の業績は急速に向上している。消費者も積極的にこれらの製品を買い、日本経済全体が、道路などへの公共投資ではなく、消費者の購買増加による景気回復になりつつあるのは、たのもしいことである。
今後の情報通信を考えた場合、デジタル家電もそうであるが、ネットワークを中心に市場が展開していくことは間違いない。なかでもブロードバンド・ネットワークと、高速通信が可能な第三世代(3G)無線ネットワークが大きな役割を占める。この両方で日本は先進国である。米国からみると、間違いなくそのように見える。ブロードバンドも米国ではケーブルモデムやADSLを使ったものは、そこそこ広まっているが、本格的なブロードバンドであるFTTHはまだまだ広がる様子が見えない。しかし、日本ではFTTHの価格も下がり、これからFTTHを使ったIP電話が広がり、固定電話からの移行が進めば、FTTHも日本では一気に広がるだろう。
将来の情報通信ネットワークの根幹をなすブロードバンド・ネットワーク・インフラと3G無線ネットワーク・インフラで日本が先行しているということは、情報通信分野で日本が大きなアドバンテージを持っていると言える。このことは今年、さらには今後数年の日本の情報通信業界に大いに期待をもたせる。日本の情報通信産業にとって、この大きな優位点をいかに利用して、ワールドワイドにビジネスを展開するかが、成功の大きな鍵となる。
一方、不安もいろいろと存在する。デジタル家電の隆盛は結構なことだし、日本国内では、まさにそのような状況だと言える。しかし米国に住んでいると、日本企業がこれらの分野で世界市場を圧倒しているようには、残念ながら見えない。確かにデジタルカメラは日本メーカーが圧倒している。しかし、薄型テレビやDVDレコーダー、さらに携帯電話端末分野では、韓国やヨーロッパ・メーカーの名前を米国では多く聞き、日本メーカーがあまり目立たないのは大いに不安である。
最近、日本のメーカーの人たちの話を聞くと、「米国は景気がよくないからダメ、むしろ中国が今発展途上で市場が魅力的」という話を多く聞き、中国でのビジネスに積極的に見える。確かに中国市場は今が旬であり、大きな市場が見込めることは確かだが、世界の中で米国が巨大な市場であることに変わりはなく、中国市場がそれにとってかわるというものとは、残念ながら思えない。短期的には確かに中国のほうが米国市場より魅力的かもしれない。しかし、長期的に見た場合、米国市場をどこのメーカーが制しているかは、大きな問題となる。米国市場に力を入れない日本企業、その間隙を縫って米国でシェアを広げる韓国その他各国のメーカー。これは大きな不安材料である。
もうひとつの不安は、これからのデジタル家電は、いままでの家電と異なり、パソコンとの競合になる点である。実際、パソコン・ソフトウェアで圧倒的な強味を見せるMicrosoftは、この分野に極めて熱心である。社内にeHome Divisionという部門を持ち、精力的に製品開発を続けている。2003年春にはWindows XP Media Center
Editionを出し、いよいよこの分野への進出を本格化している。これはMicrosoftの、家庭におけるパソコンを置いてある部屋から、テレビの置いてある居間への進出である。
Microsoftのデジタルホーム市場での活動は、まだ始まったばかりと言えるが、何せパソコンのオペレーティング・システム(OS)市場を圧倒している強みを持つ会社であるから、その進行を阻止することは容易ではない。デジタル家電に強みを持つ日本メーカーとしては、このMicrosoftにいかに対抗するかが、これからの大きな課題である。このパソコンとの市場競合の意味からも、デジタル家電にとって、米国市場の重みは大きいと言える。
好調なデジタル家電関連でも上のような不安があるわけだが、デジタル家電ではなく、もっとコンピューター・システムそのものでビジネスを行っている会社は不安が多い。コンピューター業界では、IBMがしばらく前にハードウェアからソフトウェア、さらにサービスへとビジネスを大きくシフトして以来、日本メーカーも同様のビジネスシフトを行う傾向が強い。ハードウェアの価格、利益率が大幅に下がった現在、それ自体は正しい方向だが、サービス・ビジネスのやり方も大きく変わってきていることに注目し、体制を大きく変えていく必要がある。
その大きな変換の一つは、ソフトウェア開発のインド、中国への移行である。いままでも米国ではソフトウェア開発の一部をインドで行うことが進められていたが、これがさらに活発化している。例えば、IBMは今後数年で、ソフトウェア開発の仕事に携わる4,730人分の仕事を、インドや中国等に移管しようと計画している。日本では言葉や文化の関係からかインドよりも中国志向が強いが、いずれにしても、製造の中国移管に続き、ソフトウェア開発もいよいよ中国シフトが広まってきている。
こうなると、情報システム開発のサービスにシフトしたビジネスも、そのやり方に変換を強いられる。顧客と直接接するシステム・インテグレーター等は、自社や自社の関連会社などでソフトウェアを開発するのではなく、可能なものは中国での安価なソフトウェア開発にシフトしないと、価格競争力で負けてしまう。実際、ある大手システム・インテグレーターの話によると、大手銀行顧客から、価格を下げないと銀行自身が中国のソフトウェア開発会社と直接組むとまで言われているようだ。
顧客と直接ビジネスを行い、システムの要件定義を行ったり、システム全体の設計をするシステムエンジニア(SE)部隊を持つシステム・インテグレーターのような会社は、ソフトウェア開発部分に中国のソフトウェア会社を使うことで生き延びられるが、いままでこのような会社からソフトウェア開発の仕事をもらっていた会社、つまり下請け会社は大変である。製造業でもそうであったように、中国のソフトウェア会社で安価に開発できるようなソフトウェアを下請けで開発している会社は、何か特徴をもたないと、生き延びることが大変である。
実際、しばらく前にテレビでも放送していた、北海道のそのようなソフトウェア企業が苦戦し、大手企業の下請けから、地場産業のためのシステム作りにビジネスをシフトしていた姿は、今後このようなソフトウェア開発下請け会社すべてに当てはまるものになってくるであろう。このような会社は、これからビジネスを転換し、下請けではなく、直接お客とビジネスを行い、単純なソフトウェア・プログラム開発から、より高度なSEの仕事に、その内容を変換していくことが必須である。
今年一年、情報通信業界はさらに変化を遂げるであろう。その中での成功の鍵は、「ワールドワイドな視野を持ち、変化に迅速に対応する」ことである。いかに市場の変化を早く読取り、それに合わせて自社のビジネスをシフトできるか、今年もそれぞれの企業のトップマネジメントの力量が試されている。
黒田 豊
(2004年1月)
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