利用が進むバイオメトリクス
バイオメトリクスによる個人認識が、米国で今注目されている。バイオメトリクスという言葉を聞いたことのある人も多いだろうが、人間一人ひとりに固有の生体情報のことである。具体的に言うと、一番わかりやすく、馴染み深いのは指紋認識であろう。これ以外にも、現在使われているものを上げると、顔、手形、アイリス、網膜、声紋など、さまざまなものがある。
個人認識にはIDとパスワードなどのように自分で記憶しているものを使ったり、鍵など、自分で持っているものを使う場合も多いが、それらは盗まれることもあり、確実なのは、個人の生体情報を使うことである。
米国でバイオメトリクスが特に注目され出したのは、2001年9月11日のテロ事件からである。今後テロを未然に防ぐために物理的なセキュリティが大いに注目され、建物等へのアクセスなどに個人認識を使う場合、バイオメトリクスの利用が注目されている。
この事件以降、米国でバイオメトリクスに関連した法案がいくつか国会を通過し、実現されようとしている。そのうちの一つは、Enhanced Border Security and Visa Entry Reform Actといい、アメリカに入国する外国人へのビザにバイオメトリクスを含むIDの使用を義務付けるものである。
もう一つは、Aviation and Transportation Security Actといい、空港をはじめ、交通機関での重要施設へのアクセス・コントロールを、バイオメトリクスを利用して強化しようというものである。
前者については、国境でのバイオメトリクス利用という点で、すでにこの法案成立以前からいろいろな動きがある。例えば、毎日のように米国に入国するメキシコ人のために、Border Crossing Card (BCC)というものを作り、指紋認識を利用して、簡単に入出国が可能になるようにはかっている。
また、カナダ人向けには、INSPassというものを希望者に事前発行し、米国入国の際に、空港の入国管理に特別なレーンを設け、入国のための待ち時間を短くしている。このカードには個人の手形情報が入っており、入国の際に手形認識で本人確認している。
このような経験を生かし、この法案では米国に入国する外国人にビザを発行する際、バイオメトリクス情報を登録させ、その時点で、その人がテロリストなど要注意人物でないかを確認し、また、実際に入国する際の本人確認に使う予定である。
米国人へのパスポート発行についても、そこでバイオメトリクス情報を登録させ、要注意人物のチェック、パスポートの重複チェックの防止、出入国時の本人確認に使おうとしている。
いずれも2つのバイオメトリクスの併用が考えられており、どのバイオメトリクス技術を使うかの検討を含め、パイロットテストが始まっている。
Aviation and Transportation Security Actでは、空港等の交通機関の建物や、高いセキュリティの求められるエリアへのアクセスを、必要な人間だけにするようにアクセス・コントロールするために、バイオメトリクスを利用しようとしている。まずは空港からはじめ、将来は鉄道やバス等にも広げる予定である。
空港では、空港で働く従業員および飛行機会社の社員の採用時のバックグラウンド・チェック(要注意人物かどうかのチェック)に始まり、建物や高いセキュリティの求められるエリアへのアクセス・コントロールにバイオメトリクスを使おうとしている。これについても、すでにいくつかの空港でパイロットテストを実施中である。
これ以外にも、空港を例にとっても、チェックイン時に乗客のバイオメトリクス情報を取り、それをタグとして荷物や搭乗券につけ、搭乗時の本人確認等に利用することが検討されている。また、搭乗時の要注意人物チェック、空港内各所での要注意人物監視など、いろいろなものに、バイオメトリクスの利用が考えられている。さらに、政府機関におけるアクセス・コントロールという立場でも、国防総省がバイオメトリクスを利用した方式に向けて検討を進めている。
技術的にいうと、バイオメトリクスは、それぞれの技術で長所短所があり、どれか一つの技術が市場を独占するということはなさそうである。指紋が一番認識率が高く、信頼性が高いが、いちいち指紋を取るのが煩雑で時間がかかりすぎる場合もある。また、本格的な犯罪組織などにかかると、指紋のコピーを作ることも可能と言われている。怖い話だが、指を切り取られてそれを使われる可能性すらある。
このようにすれば、例えば無人のアクセス・ポイントでは、指紋読み取り装置を騙して、セキュリティ・ゾーンに侵入することが可能となる。これを防ぐために、指紋の下にちゃんと血が流れているかまで確認する技術も研究されている。
一方、顔認識のような技術は、少し離れたところのカメラから個人をチェックすることができるので、便利である。ただ、マスクをかけられたり、サングラスをされたりすると認識率が下がったり、顔の角度や光線の具合でも認識率が変わるという面があり、顔認識単独ですべてを行うことは難しい。また、街頭での要注意人物チェックなどを行う場合、プライバシー侵害が問題になることもある。
このように、バイオメトリクス技術は、それぞれ長所短所が異なるため、複数の技術を使うことがこれからの主流になるだろうと考えられている。
世の中はどんどんネットワーク社会になり、人の個人認識も直接会ってするのではなく、ネットワーク経由でする場合が多くなっていく。日本では、まだまだバイオメトリクスを使ったシステムは少なく、指紋というとすぐに犯罪者のイメージにつながるようなニュアンスもあるが、これからはこのような先入観を持たず、人間の特性を利用した便利な認識技術としてのバイオメトリクスに注目していくべきであろう。
黒田 豊
(2003年5月)
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