景気低迷にも情報化(IT)投資を増やす優良企業

私が「IT予算は減らすべきか、増やすべきか?」というタイトルでコラム記事を書いたのは、昨年7月のことである。このときこのようなことを書いたのは、インターネット株バブルがはじけ、これを見た日本企業が、e-コマースはとるにたらないものであるとか、ドットコム企業の衰退で、もはや「e」は終わりだと、それまでITだITだと言っていたのを、手のひらを返したように情報化投資の削減を始めてしまうのではないかという心配からであった。

幸い、私のそのような心配は杞憂に終わり、多くの日本企業は、その後も情報化投資を増加し続けてきたようだ。米国に比べ、情報化投資の遅れている日本が米国に追いつくためには、是非とも必要だったので、この動きにはホッとした気持ちであった。

ところがここに来て、米国で情報化投資の伸び悩みが起こっている。大きな原因は、クリントン時代に長く続いていた好景気が、ブッシュ大統領になり、昨年中ごろから景気後退に入り、その上9月11日の事件まで起こり、米国経済の状況がいままでとはかなり違ってきたからだ。米国では、ご存知のように四半期ごとの会計報告が義務付けられており、その結果によって株価が大きく変動する。自社の株価によって経営トップのボーナスなども大きく変わるため、短期の企業業績数字を極めて重要視する。そのため、景気が悪くなると、すぐにコスト削減圧力も強くなり、人員削減などもある他、情報化投資へのコスト削減圧力も出てくる。

もう一つには、米国ではここ数年でかなり情報化投資を増やし、ある程度ハードウェア、ソフトウェアもそろえられたので、ここらで一段落という面もある。この結果、米国のIT投資額に、増加ではなく、むしろ減少傾向が起こり始めていた。実際、今年1―3月期では、米国のITを含む製品への投資が2.7%減少したという数字も出ている。

実際、米国のIT業界の業績もあまりいい結果を出していない。サービス部門が好調なIBMですら、ここ数ヶ月で、サービス部門を中心に一万人以上の人員削減を行ったと述べている。ただし、IBMは同時に大手会計事務所系のプライスウォーターハウス・クーパーズ・コンサルティングの買収を発表しており、この分野が今後伸びると見ていることに変わりはないが、いままでのような高い伸び率を前提とした人員計画は、景気低迷のため、見直す必要が起こったというわけである。

しかしながら、ITの重要性を理解しているユーザー企業は、このような不景気な状況にもめげず、IT投資を増加し続けている。彼らは、この先、経済が好転したとき、競合他社より優位に立とうと、その準備を着々と進めている。

例えば、ドラッグストア・チェーン大手のWalgreenでは、3,700ある系列店で使われているウェブ・アプリケーションを改善し、顧客サービスをより強化しようとしている。自動車のフォードや、機械のキャタピラーなども、サプライチェーン・マネジメント(SCM)システムを強化し、ディーラーが在庫確認や、オーダー状況のトラッキングをしやすくしようとしている。

顧客対応強化のため、カスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)システムを導入、強化するところも増えている。文房具大手のStaplesは、大手ビジネス顧客の社内購買システムと、自社のStaplesLink.comを結び付け、顧客が自社の購買システムから、Staples経由で文具を買いやすいようなシステムを作り上げている。すでに大手ビジネス顧客10,000社のうち65%をカバーし、年内には70%までその比率を上げようとしている。

しかし、IT業界が景気低迷のあおりを大きく受けていることは間違いなく、そのため、売上向上にやっきになっている。そこで、ユーザー側は、この状況を利用し、メーカーと価格交渉して、通常よりも低い価格で製品やサービスを購入することにも成功しているようだ。

また、新しい技術を利用することにより、コストを削減しながら、IT投資の結果を享受しようと考えているところもある。例えば、大手証券会社Merrill Lynchでは、最近米国でホットな話題となっているウェブサービス技術の活用に力を入れている。ウェブサービスの活用により、あるプロジェクトで、従来方式の開発をすると80万ドル(約9,600万円)かかると予想されていたシステムが、実にその数十分の一にあたる、わずか3万ドル(約360万円)ですんでしまったと述べている。

では、日本での情報化投資の状況はどうだろうか、と心配していた矢先、8月29日の日本経済新聞に、企業の5割が情報化投資の増額を計画をしているということで、安堵している。その記事によると、企業の会計、人事、生産、販売などを統合するためのソフトウェア(Enterprise Resource Management: ERP)最大手のSAP社の話では、日本での同社ソフトウェアの普及率が欧米のまだ1/3であるという。このことからしても、日本の情報化投資の遅れは明らかであり、ここで日本企業が情報化投資を削減するようでは、大変という認識があったが、そのようなことがなさそうなのは、ようやく日本企業もITの重要さが、本当の意味でわかってきたのではないかと思う。ただし28%の会社が情報化投資を減らす、18%が現状維持にとどめる、という数字は、まだ不安を残している。

ユーザー側はこのように情報化投資がまずまず堅調と言えるが、米国でもそうであるように、その投資は、主にソフトウェアとサービス(米国の場合は、特にサービス中心)であり、ハードウェアへの投資は確実に減少傾向にある。米国のIT産業の多くは、この10年でIBMを始めとして、ハードウェアからソフトウェア、サービスへとビジネスを大きく転換してきたが、日本のIT企業は、まだまだハードウェア・ビジネスへの依存度が高い。今後は、半導体市場の回復などに期待するのではなく、より早くソフトウェア、サービスへとビジネス転換しないと、業績回復には時間がかかることになるだろう。

  黒田 豊

(2002年9月)

ご感想をお待ちしています。送り先はここ

戻る