日本のIT業界の体質の弱さ

日本のIT業界が不況に苦しんでいることは、新聞紙上をにぎわしているIT各社のリストラ発表などから、誰の目にも明らかである。先月のレポートにも書いたとおり、日米両国で、IT不況は起こっているが、その中身は異なっている部分が多い。米国のIT不況は、インターネット株バブルの崩壊から始まったインターネット関連企業の倒産や業績悪化と、通信サービス投資バブルの崩壊から来る通信サービスおよび通信機器メーカーの業績悪化が中心であった。これに比べ、日本のIT不況は、インターネット関連部分はあまり大きくなく、むしろ通信サービスや通信機器メーカーの業績悪化から影響を受けたものが中心であった。これにパソコン消費の低迷、携帯電話需要の頭打ちが加わり、一気に業績が悪化したわけである。

しかし、そもそもこのような状況において、日本のIT企業が大きな影響を受けるには、日本のIT業界の体質の弱さがある。それは、次の3点である。
(1) 半導体依存体質
(2) ハードウェア事業中心で、遅れているソフトウェア、サービス事業への移行
(3) ベンチャー企業が育たない風土

企業が半導体事業に依存している場合、半導体の需給サイクルによって企業の収支が大きく左右される。景気のいいときには、他の部門で赤字が出ていても、それを補い、余りがあるほど儲かる。しかし、ひとたび不況になると、逆に他部門の利益があっという間に飛んでしまうだけでなく、大きく赤字に転落してしまう。特に汎用DRAMはそうであり、この分野では韓国企業等の追い上げも激しいことから、日本の各社もDRAMについては、すでに数年前から撤退を始めている。しかし、他の半導体分野でも、たとえば今回の通信機器メーカーからの発注減少や、携帯電話の需要頭打ちのために、日本のIT各社は大きな痛手をこうむった。

半導体事業は、大きく儲かるときもあるので、不況のときをとらえて、このビジネスは撤退したほうがよいなどと単純に言うつもりはないが、半導体事業を行う以上、不況時にも耐え得る体質にしておき、半導体事業のみで企業の業績が180度変わってしまうような半導体依存体質になることは、避ける必要がある。

第二の問題であるビジネスがハードウェア中心で、ソフトウェア、サービス事業への移行が遅れている点については、日本のIT企業トップが以前から口にしていながら、実際改善しないまま、今日まで来たものである。ハードウェアも、メインフレーム・コンピューターが主流の時代は、利益率が高く、儲かるビジネスであったが、10年以上前に始まった、オープン化の流れによって時代は大きく変わり、ハードウェアは、利益率の低いビジネスとなってしまった。この影響を真っ先に、一番大きく受けたのは、米国のIBMであり、8年ほど前に、IBMは大きな経営危機に陥った。

しかし、ここでIBMは大きな事業転換を行い、ハードウェア中心から、ソフトウェア、サービス事業中心の会社に生まれ変わり、今回のIT不況にもほとんど動じず、高い利益を上げている。これに対し、日本のIT企業はハードウェア依存体質から脱却せず、今日にいたっている。そして、ようやく今回の不況で、多くの人員削減と、ソフトウェア、サービス事業への移行を本気で行おうとしているところである。

なぜIBMが8年前に実施したことが、今まで日本では実行されなかったのであろうか? ひとつには、半導体ビジネスが順調で、他部門の悪さを隠していたという面もあるだろう。しかし、もっと大きい原因としては、日本における雇用慣行、人員削減の難しさが上げられる。日本では今まで(そして現在も、その傾向が強いが)、ともかく雇用の確保が最重視され、政府もその方向で大企業を指導してきた。解雇については現在、労働基準法で30日前に従業員に予告すれば解雇できることになっているが、社会通念上、相当と認められない場合は権利の乱用として無効となるとの最高裁の判例もあり、事実上、解雇権は厳しく制限されている。さらに判例では、解雇が認められる場合として、人員削減の必要性があり、会社側が解雇回避の努力をし、解雇対象者の選定が合理的で、労使協議など妥当な手続きが施された、等の要件を満たすことが必要とされている。

社会的にも、人員削減は常に批判の的である。最近の日本のIT企業の人員削減計画を見ても、よくよく見ると、多くの人員削減は海外であったり、定年退職者数に対して採用する人数を少なめにしたり、関連会社に異動させるなどの方策がとられており、米国的なレイオフは、大手企業ではほとんど見られないのが現状である。もちろん、これでやっていけるのであれば、社員のことを考え、このような穏やかな方法がよいが、その結果、会社としてのハードウェアからソフトウェア、サービス事業への移行に長い時間がかかり、ひいては企業の競争力をそこなっている。

また、日本企業は、このような事業転換に際し、社内人材異動を利用する場合が多い。雇用の確保という観点から見ると、これはよいことであるが、企業にとってのマイナス面も多い。例えば、ハードウェアの製造に従事していた人間に、突然ソフトウェアやサービスのビジネスをやれと言っても、そう簡単には、いかない。本人の適性もあるだろうし、仮に適性があるとしても、十分な教育をして、一人前になるまでには、長い時間がかかり、その再教育コストもかなりなものとなる。また、日本企業の給与体系は、いまだに年功序列賃金になっている(または、その部分の比率が高い)場合が多いので、比較的高年齢で、給与水準が高い人を全く違った仕事に異動させた場合、仕事の効率が悪いだけでなく、給与は逆に高いので、企業にとって、高コスト体質になってしまう。

米国のIBMなどは、多くの人員削減と、新たな社員の大量採用という形をとりながら、ハードウェアからソフトウェア、サービスに事業を転換することに成功したが、これを日本企業のように既存の雇用を確保しながら、人材の異動によって行ったのでは、企業に大きな非効率を生んでしまい、成功したとしても、かなりの時間がかかったであろう。ここまで言うと、何となく私が米国流にどんどん人員削減をしろと言っているように聞こえるかもしれない。実際、ある程度それは必要だと思っているが、個別企業それぞれではなく、日本の社会全体としての雇用確保は是非必要だと思っている。これについては、来月のレポートで触れたい。

第三の、ベンチャー企業が育たない風土ということも、日本全体のIT産業の体質の弱さという点で問題である。そもそもIT不況などと言っても、世の中におけるITの重要性は増すばかりであるし、これからさらに伸びていく業界であることに変わりはない。米国での状況を見ていると、IBMが大量に人員削減をした後、多くの元IBM社員はIT関連のベンチャー企業を起したり、ITベンチャー企業に移っていった。ベンチャー企業は新しい技術等をベースに、新しいビジネスを生むとともに、大企業からの人材の受け皿にもなっている。

ところが日本では、ベンチャー企業がなかなか育たないということが何年も前から言われており、以前に比べればある程度改善されたというものの、米国の、特にシリコンバレーなどと比べると、まだまだである。シリコンバレーでは、ベンチャー企業を支援するしくみが出来ており、起業がし易い。これは、米国政府が何か仕組みを作ったというわけではなく、自然発生的に出来上がったものである。以前から、日本の政府関係者がシリコンバレーを訪れては、シリコンバレー的な環境を日本に作るには、どうするべきか、を検討していたが、むしろ必要なのは、規制緩和によって、ベンチャー企業、また、それを支援する企業を自由にしてあげることである。

また、日本では、失敗が許されない環境があり、会社をつぶすには、まず私財を投げ打って、それでもだめなら、そこで初めて会社をつぶすことが許されるという雰囲気がある。このようにして、失敗した起業家は、二度と立ち直れない可能性が高い。日本では、ベンチャーを起業するリスクが高すぎるのである。これがベンチャーを起す大きな障害となっている気がする。一方、米国では、失敗したら、今回は残念だったが、また次をめざして新たなビジネスプランを立てる、ということになる。周囲の見る目も、決して冷たくない。むしろ起業にチャレンジしたことが評価される。起業家は、自分の資産も多少は失うことになるであろうが、私財を投げ打って、破産状態になるようなことはない。

(1)の半導体依存体質については、企業の経営判断によるところも大きいが、(2)と(3)の問題は、単にそれぞれの企業の抱えている問題というよりも、日本が抱えている問題といえる。では、どうすればいいのか。答えは簡単ではないが、私なりの意見を来月レポートしてみたい。

  黒田 豊

(2001年11月)

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