小泉首相による改革への期待
新しく首相になった小泉氏への期待が高い。80%を越える支持率はかつてみたことがないものである。この期待は日本国内だけではない。この十年好景気を続けてきた米国も、昨年インターネット株バブルがはじけ、インターネット関連ベンチャー企業が倒産したり、事業縮小したのに加え、今年に入ってからは、大手優良情報通信企業のCiscoなども大規模なレイオフを発表するなど、これまで米国景気をリードしてきたハイテク分野もスローダウンし、景気の先行きが極めて不透明である。ここで日本がさらに深い不況に陥ると、世界不況に発展しかねないので、米国政府も小泉首相による改革に、大いに期待している。
1-3月までの不調に比べれば、株価も4月はかなり回復してきた米国であるが、日本の景気回復への期待は大きい。日本の景気回復のためには、金融不良債権の早期処理、そして、構造改革が必須であるという見方は、米国でずっと以前から明確になっている。しかし、これまでの自民党政府のやり方は、既得権をもつ既存企業、自民党のバックとなっている建設業などを優遇し、問題の先送りを続けるばかりで根本的な解決をせず、ずるずると不況を延ばしてきたとみている。
お隣の国、韓国では、数年前に、あまりに悪い状況になったため、政府にも国民にも選択肢はほとんどなく、IMFまで介入しての大きな変革となった。しかし、その結果、韓国はかなり強くなり、企業をレイオフされた人達も、たくましく起業して成功している人達が多いと聞く。日本はそこまで悪い状況でなかったため、痛みを最小限にすることにつとめ、また、既存体制を守ることに力を入れ過ぎた結果、今日まで改革を引き延ばしてきた。しかし、もう待ったはきかないところまで来ている。
政治や経済の専門家ではない私の目にも、これは明らかなことである。本格的な改革を宣言する小泉首相の高い人気を見ると、日本国民も基本的に同じ考えであるということがわかる。変わろうとしない、そして、そのために日本を長い不況にあえがせているのは、今までの永田町であることは明らかである。
そういう意味で、小泉首相による改革には、私も個人的に大いに期待している。金融不良債権処理はもちろんであるが、ともかく日本の弱い産業を守ることに専念してきた政府のやり方を根本的に変えないと、日本の力は弱まるばかりだからである。
雇用を守るということは、国全体のレベルでは極めて大切なことであるが、個々の産業、個々の企業で雇用を守ることは、必ずしも国全体にとっていいことではない。私は米国に来て早や13年が過ぎ、米国の荒っぽい企業によるレイオフをいやというほど見てきたが、今このように考えている。
米国に渡って、日本の年功序列方式に対し、米国の実力主義、会社に貢献した分給与を支払うという考え方は極めて納得いくものであり、まず日本社会の年功序列方式の悪平等を是正する必要があると考えた。この考えは今も全く変わっていない。日本企業もこれに対し、最近は考え方がかなり変わってきたようだ。ただし、まだまだ本当の実力主義にはほど遠い企業も多い気がする。
これに対し、終身雇用については、はじめの頃は、むしろよい制度であり、米国のように簡単に人をレイオフするやり方は大きな問題があると感じていた。それは、レイオフされる人達を見、また、レイオフされない人達も、そのようなことが起こる状況では、保身に走り、これは会社にとって決してよくないと思ったからである。今でもこの考え方はある程度変わっていない。
しかし、ここ何年かの日本企業および日本社会の様子を見ていると、会社が人をレイオフするのは、一時的な痛みを伴うものではあるが、社会全体として、衰えた産業から伸びて行く産業へ、また、古くて弱くなった企業から新しい元気な企業へ、あるいは新しい会社の起業へと、人を流動化させるための社会の必要悪ではないかという気がしている。
レイオフされた人を見ても、そのときはショックが大きく、また生活にも困る場合もあるかもしれないが、多くの人達はこの試練をバネに、自分で新しい会社を起こしたり、伸びている産業へと移っていっている。その結果、本人達もうまく人生転換し、それまでよりも充実した人生を送っている人が多い。その人達にも新たなエネルギーが生まれているのである。
ところが、日本では、いままで雇用に手をつけるのはタブーとされ、政府は大手企業に雇用の確保(人をレイオフしない)を指導し、企業が人を減らす場合は何らかの方法でどこかで雇用を確保するような手当てを考えてきた。確かにこのやり方のほうが、一見温かいように見えるが、結果として個人のエネルギーを引き出さず、むしろあまり能力の発揮できないところで買い殺しにしてしまっている場合も多い。これはその人にとっても、決して幸せなことではない。
そして、政府が弱い産業に支援を続ける結果、日本はどんどん弱くなってしまっている。最近のセーフガードの発動にしても全く賛成できない。むしろセーフガードよりも、それらの産業に従事している人達が、うまく別な産業に仕事を転換することができるよう、そちらのほうに何らかの補助金等を出すべきではないだろうか。仮に一時的な現象に対する対応であれば、セーフガードも認められるべきかもしれないが、その場合は明確な期限と、その間に業績が改善できる可能性を示す必要があるだろう。
小泉首相に期待したいのは、金融不良債権処理はもちろんだが、日本の産業構造がうまく転換され、人材が弱い産業から強い産業へと流動化できるようにする仕組み作りである。仕組み作りといっても、政府主導で人を移動させるのではなく、もっと市場原理にそって、自然にそれが行われるように、「出来るだけ手を出さない」ことである。今の政府は、人が流動化しないように、逆の意味で手を出している状況であるから。
そして、人がある産業から別な産業へ、ある会社から別な会社へと移ることで退職金などで損をしない、また、その過程で起こり得る一時的な経済的不安を解消するような仕組みを作ることである。
このような改革を、是非小泉首相には実現してもらいたい。まずそのことを宣言することは第一歩であり、小泉首相は、それをしたために現在の高い支持率がある。第二歩目は、それを本気で実行に移すことである。言うだけではなく、本当に実行できるかどうか、これからの小泉首相の行動に注目したい。そして、本当に改革がなされるかどうかは、実行に対する抵抗(特に自民党内や、自民党支持母体からの抵抗)に屈せず、改革を実現するかどうかである。
最後の点については、国民の支持がどこまで持続して得られるかが鍵となる。この改革は国民にも一時的な大きな痛みを伴うであろう。そのとき、国民がどう反応するか、が大きな問題である。改革の痛みの先に明るい将来があることを十分理解し、国民がこの改革を支持し続けるか、それとも一時的な痛みをいやがり、支持をやめてしまうか、である。もし後者をとったら、いつまでも改革は行われず、日本は不況から脱せず、弱くなるばかりであろう。小泉首相による改革が成功するかどうかは、最後は日本国民の良識にかかっていると言える。
黒田 豊
(2001年5月)
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