エレクトロニック・コマース

今、米国で一番ホットな話題、それはインターネットを利用したエレクトロニック・コマースである。エレクトロニック・コマース、つまりインターネット上で商品を売買し、その支払いも行うわけである。既に拙著「インターネット・ワールド」にも書いたように、エレクトロニック・コマースは昨年半ばから始まっていたが、今年に入り、商品を販売するお店にあたるエレクトロニック・ストアフロント、また、複数のお店をもつ商店街にあたるエレクトロニック・ショッピング・モールも数多く出てきた。インターネットの業種別索引で有名なYahooによると、エレクトロニック・ショッピング・モールの数は300を超えている。まだまだ世界中にはYahooにのっていないものも数多いだろうから、この数字は氷山の一角かもしれない。

具体的な例をいくつか見てみよう。エレクトロニック・ストアフロントのおそらく最初のものと思われるものは主にコンピュータ・ハードウェア、ソフトウェアを中心に約600のメーカーの約22,000製品をインターネット上で販売している Internet Shopping Network であろう。この会社はその後、インターネット上のエレクトロニック・コマースに注目したテレビのホームショッピング大手の Home Shopping Network に昨年9月に買収され、今日に至っている。この他、オンライン・サービス上でも以前からビジネスを行っていた花屋の1- 800 - FLOWERS、また、ユニークなものとしては、市場にあまり出回っていないワインを販売しているVirtual Vineyards など、あげるときりがない。

エレクトロニック・ショッピング・モールの例としては参加メーカー約3,300社、取り扱い品目約400,000点でコンピュータから事務用品、各種機械部品などをそろえたIndustry Netや、大手長距離電話会社のMICが主催するmarketplace MICが大きなものとしてあげられる。

このようなエレクトロニック・コマースの大きな動きに対して、大きく分けて2つの見方がされている。ひとつは、今やエレクトロニック・コマースは爆発的に広がっていると見る見方である。もう1つは、いやいやエレクトロニック・コマースはメディアが騒いでいるだけで、実際はほとんど実施されておらず、インターネット上のエレクトロニック・コマースは単なるまぼろしか業者の希望的観測にしか過ぎないという見方である。極端な人は、インターネット上のエレクトロニック・コマースはもう死んでしまったなどと言う人までいる。

私は、どちらもちょっと極端すぎる見方だと思う。確かに、エレクトロニック・ストアフロントやエレクトロニック・ショッピング・モールがたくさん出来ているわりには、まだまだそこで行われているビジネスのボリュームはテレビショッピングなどに比べると極端に小さい。したがって、今、エレクトロニック・コマースが爆発的に広がっていると言うのは、はっきり言って言い過ぎである。しかし、現状がそうだからと言って、インターネット上でのエレクトロニック・コマースは今後も望みがないかのような言い方をするのは、これもまた、大きな間違いである。

私がみるところ、今日の時点ではまだ市場が十分に発展していないものの、近い将来はかなり大きな発展をとげるものと強く感じている。しかし、これにはある程度時間がかかる事も承知しておく必要がある。

まず第一に技術的なものでまだ解決すべきものが残っている。一番大きいのはセキュリティの問題である。インターネットに少し詳しい人ならインターネットの最大の問題点はセキュリティーである事は、ご存知の事と思う。もともとインターネットは学者やエンジニアが自由に情報交換できるようにという目的で作られたものであるから、当初はセキュリティーについてほとんど考慮されていなかった。それが最近、民間に商用利用されるようになり、急にインターネットにもセキュリティーが必要になったのである。そのため、現在ではインターネットのセキュリティーに関する研究や実験も多数行われ、今年に入ってそれらを具体化した製品もいくつか登場してきた。

つまり、本格的にインターネット上でエレクトロニック・コマースが出来るようになってきたのは、つい最近の事なわけである。現在はエレクトロニック・コマースで取引情報を通信する時にその情報を暗号化出来るところまできた。しかし、取引相手の認証については、必ずしもまだ十分とはいえず、もう少し技術の発展を持つ必要がある。また、現在のエレクトロニック・コマースは主にクレジット・カードの番号をやり取りする方法が中心であるが、これでは数十円というような小さな支払は難しく、これら(英語では Micro Payment という)を実施するためには電子キャッシュなどの別な方法が必要になってくる。ただし、これらの技術的な問題はかなり解決されてきており、今後それほど長い年月を待たずに解決されていくものと私は確認している。

技術的な問題が解決してもエレクトロニック・コマースが大きく発展していくためにはまだいくつかの障害が残っている。ひとつはインターネットの利用者の人口的なかたよりである。現在のインターネット利用者は25~35才の男性にかなり集中している。という事は、この階層向けの商品はうまく売れるかもしれないが、例えば女性向けの製品は、今のところあまり売れないという事になる。幅広い階層に商品を売るためには、もう少しインターネットのユーザー層が広がる必要がある。ただし、インターネット上で魅力的な商品を提供する事によって、インターネットのユーザー層を広げると言う事も考えられるが。

もうひとつは、人々の新しいものに対する信頼の問題がある。たとえ技術的な問題が解決しても、人々がインターネット経由で商品を買うという新しいやり方を信頼し、なじんでいくまでには、やはりある程度時間がかかるという事である。米国では、銀行のATM が世の中に出たのが1960年代後半だったが、それが人々に浸透したのは1980年代に入ってからといわれている。それだけ人々が新しい技術を使った新しいものを受け入れるまでには長い時間がかかると言うことである。

さて、米国では以上のような状況であるが、日本ではどうであろうか。日本も最近になってインターネット上でのエレクトロニック・コマースが話題になりはじめ、各種の実験が始まっている。すでにインターネット上で商品を販売しているところもある。

スタートは米国より遅れたものの、技術的なものは米国で開発されたものを利用できるため(ただし、米国政府による暗号関連製品の輸出禁止政策の影響が出る面もあるが)、技術的に追いつくことは比較的容易であろう。ふたつ目のインターネットのユーザー層の問題については、単にユーザー層だけでなく、インターネットの全機能が使えるユーザーそのものが米国等に比べてかなり少ないという点が、大きな問題であろう。もっとも、日本は一度広がりだすと、横並び主義の特徴としてアッという間に広がる可能性も十分秘めている。

さらに、人々の新しいものに対する信頼といった点を見ると、日本人はむしろひとから与えられたものを比較的簡単に信用するという面があり、新しい技術を使用した新しいやり方も比較的受け入れが早く、さらにセキュリティーに対してもあまり心配するほうではないので、意外と米国などより早く多くの人々に広がっていく可能性も十分もっている。実際、先ほど例に上げた銀行のATMなどは米国より日本のほうが早く広まっていたようである。インターネット経由で買えば日本で買うよりかなり安く同じ商品が外国から買えるなどということが分かれば、これをめざして日本の女性達にインターネットが急速に広がるなどという事が起こるかもしれない。

  黒田 豊

(1995年11月)

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