ヘッダーイメージ 本文へジャンプ

大きな話題の多い昨今、なかでもSPACに注目

ここのところIT業界、そしてそれを取り巻くスタートアップ業界で、大きな話題が尽きない。まず、一般投資家と、投資家のプロであるヘッジファンドの戦いと言われる、GameStop株等を舞台にした戦い。昨年後半から突然ブームとなってユーザーが広がった、新しい音声のみのSNS、Clubhouse。コロナ禍でも売上の記録を更新する大手IT企業群。Appleのプライバシー強化に挑むFacebookやGoogle。コロナ禍で過去最高を記録したスタートアップ企業の株式上場に、新しい流れを持ち込んだ、Blank Check企業などと言われるSPAC(Special Purpose Acquisition Company)の台頭。他にも数え上げれば、いろいろ出てくるだろう。

一般投資家と、ヘッジファンドの戦いは、ヘッジファンドが株価が下がると予想して、株の空売り(持っていない株を先に売り、後で買い戻し、株価が下がった分を利益とする)をするのに対し、一般投資家が大勢まとまってその会社の株を購入し、その株価を上昇させ、ヘッジファンドに大きな損失を与え、自分達は利益を得ようという動きだ。その的になったのがGameStopというゲーム販売の会社で、業績があまりよくないため株価が低迷していたが、このような戦いの場にされたため、一時一気に十倍以上の価格まで上昇した。

ここで一般投資家がまとまってこのような行動を起こすのに、大きな影響を及ぼしたのには、スマートフォンで簡単に登録して株取引ができ、しかも手数料無料ということで、何度も株の売買が簡単にできるオンライン証券会社Robinhoodの存在が大きい。また、SNSサイトのRedditでのフォーラムWallStreetBetsのメンバーの発言がもとで、一般投資家がGameStop株を大量購入したということで、その存在も同様に大きい。

この問題は、Robinhoodが大量の株売買を扱いきれず、一時GameStop株の取引を停止したことが大きな問題となり、同時にヘッジファンドがその強大な力を利用して、空売りによって大きな利益を得ていることにも波及している。これから政府による規制をかけるべきかなど、証券取引に関する大きな問題に広がりつつあり、今後の行方に注目する必要がある。

Clubhouseについては、昨年4月に始まった音声SNSサービスで、当初はゆっくり広がっていたが、昨年後半あたりから急激にユーザー数が増えてきた。今年に入り、ヨーロッパや日本でも急激に広がっている。有名人の参加もあり、またこれから企業などが、この媒体をマーケティングに使うなど検討が進んでいる。また、一般の人でも面白い内容でルームを作れば、YouTubeなどと同じように、たくさんのフォロワーができ、そこから有名になったり、お金儲けにつながることも考えられる。

その一方、YouTubeなどでもそうだが、ついついClubhouseに時間を取られ過ぎてしまい、他のことをする時間がなくなってしまう可能性もある。また、昨年の米国大統領選挙のときにTwitterやFacebookなどで間違った情報が広がる、という問題が起こったが、Clubhouseでも同様のことが起こる可能性は十分ある。あくまでも使う側が十分注意する必要のある媒体で、使い方次第で有効にも害にもなり得るものだ。まだ騒がれ出した初期の段階のため、今後発信側も、聴取側も、どう変わっていくか、どんな形にこのメディアが発展し、落ち着いてくるか注目したい。

コロナ禍で、IT企業が業績を伸ばしていることは、すでに昨年後半から起こっていることで、これがさらに続いている。Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoftの5社は、引き続き業績を伸ばしている。また、年末に株式上場した民泊のAirbnb、レストランからの出前サービスのDoorDashの株価も、上場後順調に推移している。ディズニーはIT企業とは言えないが、コロナ禍によるテーマパークや映画館などの閉鎖で大きな赤字を出していたが、直近の四半期では、ストリーミング・サービスDisney+の大きな伸びが貢献し、黒字化しているのは、注目される。

Appleのプライバシー強化に対するFacebookとGoogleによる戦いは、まだ始まったばかりだ。AppleはユーザーのIDをFacebookなどに提供するには、ユーザーからのOpt In(明示的な同意)が必要とすることに変更した。もしユーザーがこれに同意しないと、FacebookやGoogleの収入源である広告収入に大きな影響が出る。この2社合わせて53%以上のシェアを握るデジタル広告市場に変化が起こるか、この2社が新たな対抗措置で市場を維持するか、今後が注目される。

さて、昨年11月のこのコラムで「これまでで最高が見込まれる、今年のスタートアップ企業株式上場」を書いたが、その中で、「最近は株式上場の方法に選択肢が増え、制約が少なく、コストも少なくて済む方法が出てきた。これも株式上場が今年増えた要因の一つと言える。」という話をし、それについては別の機会に書くと書いたので、それについて今回はもう少し詳しく書くことにする。

スタートアップ企業の株式上場で、これまでのやり方以外に最近増えてきたのが、Direct Listingという方法と、SPACによる方法だ。通常の株式上場では、幹事となる証券会社を決め、そこに多額の手数料を支払い、事前に上場株価を決め、株式購入者を募集してもらう。そのための説明に全国をロードショーと称して回るのが一般的だ。これに対し、Direct Listingは、その言葉のとおり、直接株式上場する。幹事会社をもうけず、したがってそのための手数料も不要だ。株式上場価格は決めず、市場の売り買いで決めてもらう。ただし、証券取引所で参考価格を設定するのが一般的だ。リスクとしては、想定価格よりかなり低い価格になってしまう、という可能性もあるが、すでに名前の売れている会社であれば、そのリスクを取ってDirect Listingによる株式上場も可能だ。以前はその時点で新株発行が出来なかったので、追加資金調達が出来なかったが、最近その制約も解かれ、今後Direct Listingで株式上場する会社も増えてくるだろう。2020年にも数社がこの方式で株式上場している。

もう一つの方法が、SPACによる株式上場だ。SPACとは、その名前のとおり、どこかの会社を買収する目的で設立された、その時点では中味の何もない会社だ。なぜそのような会社を作るのかというと、それが買収される会社にとって、またSPACに投資する人達にとってもメリットがいろいろあるからだ。

買収される会社は、スタートアップ企業の場合がほとんどだ。特に将来性の高い、電気自動車、フィンテック、クラウド・ソフトウェア、エネルギー、オンライン・ペイメント分野などが人気だ。まだ売上が立っていない会社が買収されることも、めずらしくない。スタートアップ企業は、会社を成長させるため、資金調達をする。最初はベンチャーキャピタルなどから資金調達するが、ある程度成長してきた会社は、さらなる資金調達と、それまで創業時から会社を支え、頑張ってきてくれた社員や出資者に報いるため、株式上場をめざす。しかし、会社の株式上場には、幹事証券会社を決めて高額の手数料を支払い、株式上場時の金額を決めて、事前に投資家に説明して回るロードショーを行う必要があり、期間も1年以上かかる場合も多い。

これに対し、SPACに買収される、という形をとれば、数ヶ月程度の短期間の交渉で株式上場することが出来る。SPACはもともと中味のない会社なので、形の上では買収されたことになるが、実質的な存続会社は買収された側になるので、Reverse Acquisition(リバース買収)などとも言われる。資金調達と株式上場を同時に、しかも簡単に出来るメリットが、スタートアップ企業側にはある。また、SPACを利用しない、通常の株式上場の場合、証券取引委員会からの規制もあり、上場前のある期間は、会社の将来成長などについて公に話ができないQuiet Periodがあるが、SPACに買収される場合は、そのような規制もなく、自由に自社の将来性についても話ができる。

一方、SPAC側は、資金さえうまく集め、有望なスタートアップをみつけられれば、早い段階で低価格でその会社を買収することができ、買収後大きな利益を見込むことができる。さらに、SPACに出資するヘッジファンドなどにも大きなメリットがある。それは、SPAC設立時の資金調達条件で、買収先が決まる前でも株を売り逃げすることが可能なこと、また、万一決まった期間内(通常2年間)に会社買収ができなかった場合、支出した資金を全額返金してもらえる、ということがあるからだ。SPACの株は、上場したときから一般投資家も購入することができるため、そのSPACが有力なスタートアップ企業を買収しそうだという情報が広まると、株価が上昇する。しかし、最終的に買収が決まるかどうかわからないし、また買収が成功したとしても、その会社が成功するとは限らない。

そこで、失敗のリスクが高いと思えば、このSPACの設立時に出資したヘッジファンドなどは、すでにその株価が十分高くなっていると判断すれば、SPACが買収を決める以前に売り逃げすることが可能だ。つまり、SPAC設立時に出資することは、極めてリスクが低い、おいしい話ということになる。このような状況、そして、金余りの世の中、そしてテクノロジー企業を中心に、有力なスタートアップ企業が多い現在、SPACが一段と脚光を浴びることになった。昨年春、コロナ禍が始まり、株式市場が一時急降下し、スタートアップ企業にとっても株式上場が難しくなりそうな局面になり、資金調達のためにSPACに買収されることを、一つのオプションとして検討し始めた会社も少なくない。

もともとSPACという形態は1993年に最初のものが始まり、ずっと存在していたが、いい成果、高い投資効率を得たSPACが少なかったこともあり、これまではそれほど大きな存在になっていなかった。2019年でも、SPACによる資金調達は$20bil.程度だったが、2020年には一気に$82bil.にまで膨れ上がった。そして、今年は2月17日現在、SPACとして株式上場した会社数は145にのぼり、資金調達額はすでに$44.5 bil.に達していて、昨年をさらに大きく上回ることは間違いない。今年通常の株式上場によって調達された資金が$21.7bil.と、SPACの半分以下にとどまっていることを考えると、SPACの市場への影響の大きさがうかがえる。このような状況で、元プロバスケットボール選手や元プロフットボール選手によるSPACも登場している。

数多くのSPACが登場したため、ベンチャー・キャピタル(VC)業界も影響を受けている。特にLate StageでVCがスタートアップ企業に追加投資しようとしても、SPACからの買収で上場してしまう、ということもある。これに対し、VC自身も自社の持つ資金で、SPACを立ち上げ、買収によって自社が投資していたスタートアップ企業を上場させる、というところも既にいくつか出てきている。SPACの急激な増加は、VC業界を変化させる可能性を秘めている。

さて、一見いいことばかりのように見えるSPACだが、リスクもいろいろある。特にSPACが上場し、まだ買収先が決まっていないときに、一般投資家がその株式を購入するのは、リスクが少なくない。まず、今回のSPACブームと呼べる状況で、現在300近いSPACが株式上場し、買収先を探している。いまは有力なスタートアップ企業で未上場の会社が多いとはいえ、すべてがSPACによる買収に応じるとは限らず、限られた数の有力企業をSPAC同志が奪い合う、という状況にもなりかねない。そうなると、SPACとしては、2年間という期限内で有力な買収先を見つけられず、あまり将来性の高くない企業の買収をしてしまう可能性もある。そして、その後の株価は下降し、株主は損失を被ることになる。

実際、電気トラックを開発しているNikolaのように、買収時点で有力と思われた会社も、問題が発覚し、上場直後に急上昇した株価が、現在はその1/4になっているものもある。もともと株を購入するということは、そのようなリスクをはらんでいると言ってしまえばそれまでだが、そもそもどんな会社を買収するかもわからないSPACの株を購入するということは、その会社の人たちに買収先を決めることをまかせる、いわゆるBlank Checkで宛先を決めないチェック(小切手)を書いているのと同じことになる。SPACが、Blank Check企業と呼ばれる所以だ。一般投資家には、このような高いリスクがあるが、SPACを立ち上げた人には、買収先企業購入時に特別割引された価格での株購入が許されていたり、立ち上げ当初に出資したヘッジファンドなどは、買収が決定する前に売り逃げすることも許されている。何やらプロはほとんど損をする可能性がなく、一般投資家ばかりが高いリスクを負っているような姿にも見える。

SPACはいま大きな話題となっており、一般投資家にとっても、うまくすれば有望なスタートアップの株を早いタイミングで得られ、大きな投資益を得る可能性はある。未上場の会社が魅力的に見えても、その会社が上場されるまでは、一般投資家はその株を購入できないことを考えれば、SPACへの投資は魅力的な面も確かにある。ただし、あくまでもBlank Checkを書いてもいいSPACが見つかり、その会社が有望企業を買収してくれることが信じられれば、ということを、十分承知しておく必要がある。

  黒田 豊


(2021年3月)

ご感想をお待ちしています。送り先はここ


戻る

フッターイメージ