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乱立するビデオ配信サービスは、ユーザーに利益をもたらすか

3月25日、Appleは新たにいくつかの製品・サービスを発表した。その中で、大きく注目されたものとしてApple TV+がある。Appleによる、ビデオ配信サービス・ビジネスへの本格参入だ。Appleがテレビ、そしてビデオ配信サービス・ビジネスに参入するといううわさは、まだSteve JobsがCEOだった、ずいぶん前からあった。そのときのうわさでは、今回発表されたようなビデオ配信サービスだけでなく、テレビそのものもAppleが出す、という話だった。ただ、その後テレビはもう出てきそうにない、という話になり、ビデオ配信サービスについても、コンテンツを持っている各社との交渉が難航し、なかなか実現できていなかった。

Appleのもくろみとしては、音楽業界でiTunesという簡単にiPhoneなどに音楽を1曲ずつ安価に購入できる仕組みを作ることによって大成功したので、同じようなことをビデオ・コンテンツでも行おうと考えていた。ところが、音楽業界はiTunes経由で多くの音楽を販売できたものの、Appleに収入の多くを取られてしまい、本来自分たちのビジネスだったものの大きな部分をAppleにもっていかれてしまった、という被害者意識が強い。そこで、それを見ていたビデオ・コンテンツ業界は、その二の舞をしないよう、Appleとの交渉には、きわめて慎重だった。そのため、Appleのビデオ配信の話は、遅れ遅れとなった。

そして、ようやく今回の発表となったが、肝心の内容については、オリジナル・コンテンツが多いこと、広告なしのサービスであること以外は、まだその詳細は不明確で、どんなコンテンツが用意されるのか、価格はいくらになるのか、発表されていない。Appleがビデオ配信サービスを行う、ということはわかったが、それ以外の疑問には、何も答えが出ていない、というのが、もっぱらの評判だ。

このAppleの発表に続き、4月12日にはDisneyが独自のビデオ配信サービスDisney+を11月12日から開始すると発表した。内容はDisneyがもっているコンテンツと、新たに製作するコンテンツの模様で、価格は月額$6.99とかなり低めに設定されている。Disneyのコンテンツというと、ミッキーマウスなど、いわゆるDisneyものを想像するが、それだけではない。DisneyはPixar Animation Studio、21世紀Foxなどの買収により、人気映画のToy StoryやStar Warsなどもコンテンツとして持っており、Disney+では、これらも見ることができる。

Disneyはテレビ番組を中心に配信するHuluの筆頭株主、さらにスポーツ専門テレビ局のESPNも傘下に持ち、スポーツ番組を生中継でビデオ配信するESPN+も持っている。これらを合わせて消費者に提供しようという戦略だ。この3つを合わせると、かなりのコンテンツがカバーされるので、強力なプレーヤーの一つになるだろう。

最近の発表は、この2社だが、今年中に発表があると予想されているものに、コンテンツ大手のTime Warnerを買収した、大手電話会社AT&TのWarnerMediaによるビデオ配信サービス、そして、しばらく前にNBCUniversalを買収した大手ケーブルテレビ会社Comcastによる新しいサービスがある。

そして、すでに市場では、 Netflixがビデオ配信大手として、世界でユーザー数約1.5億を誇っており、Amazonはプライム・メンバーに無料で提供しているビデオ配信サービスがあり、Googleの親会社Alphabet傘下のYouTubeも、2017年2月からはじめた有料ビデオ配信サービスYouTube TVが、ユーザー数100 万を超えるまでになっている。他にもSonyなど何社かから同様のサービスが提供されている。

そもそもビデオ配信サービスは、インターネットの発展とともに技術的に可能になったことに加え、既存のケーブルテレビや衛星放送が、多数のチャンネルをバンドルし、高額になってしまったことに対する消費者の不満を解消するため、広がった。当初は個別テレビ局がビデオ配信することからはじまり、いまでもそれは実施されているが、Netflixなど、いくつものテレビ・チャンネルをまとめて提供し、かつケーブルテレビなどに比べ安価なものの登場で、大きく発展した。Netflixでケーブルテレビなどで提供されているすべてのチャンネルが見られるわけではないが、ケーブルテレビ・ユーザーの平均月額支払額約$107に対し、Netflixの価格は月$12.99と安価なため、多くのユーザーがNetflixに流れている。

インターネットも当初は速度が遅く、配信されるビデオの画質等に問題があったが、いまは光通信などで十分な速度があるので、そのような問題はない。また、無線通信の世界でも、現在の第4世代から、第5世代(5G)が今年から登場し始め、インターネット経由のビデオ配信が、モバイル端末でいつでもどこでも高画質で見ることができるようになる。これを機にビデオ配信サービス市場のさらなる拡大を予想し、多くの企業が参入している。

実際、ケーブルテレビなどの既存サービスを取りやめ(コード・カッティングと呼ばれる)、ビデオ配信サービスに切り替えているユーザーは、どんどん増えている。米国では、これまでほとんどの家庭で、テレビを見るためにケーブルテレビ、衛星テレビ、光通信テレビなどの既存サービスを契約していたが、いまやそのような契約をしていない家庭が30%にも上っている。今年はそれがさらに、34%まで上がると予想されている。

その結果、インターネット経由のビデオ配信サービス収入は、2018年に前年を38%上回る$29 bil.(約3.2兆円)となった。また、ユーザー数でも、有料ビデオ配信サービスが全米の60%以上の家庭に浸透し、ケーブルテレビのユーザー数をはじめて上回ったとの調査結果も出ている。ちなみに西欧での有料ビデオ配信サービス・ユーザーは全家庭の26%、アジア太平洋地域では21%とのことで、米国ほどには至っていない。

このように、多くの企業がビデオ配信サービス・ビジネスに参入することは、競争が激しくなり、ユーザーにとっては、選択肢が増えて、一見とてもよいことに見える。しかし、本当にそうだろうか? 実はそれほど単純ではないのが、このビデオ配信サービスの世界だ。

もともとNetflixがサービスをはじめたとき、提供していたコンテンツは、既存テレビ局の番組や映画ばかりだった。テレビ局なども、ケーブルテレビ会社などにコンテンツを提供するだけでなく、Netflixにも提供することにより、追加の売上を得ていた。ところがNetflixに人気が出て、ケーブルテレビなどのユーザーが減り始めると、テレビ局としては、ケーブルテレビ会社等からの収入が減ってしまう。そこで、Netflixへの番組提供は続けるものの、その卸売価格をどんどん上げていった。これでは、Netflixも低価格のまま消費者にそのサービスを提供できなくなってしまう。

さらに、Netflixに対する競合として、Amazonのプライム・メンバー向けサービスやYouTube TVなど、いくつもの類似サービスが提供され始め、Netflixとしても競合に対する何等かの差別化が必要になってきた。そこで、Netflixがはじめたのが、一つはAIを使ったユーザーの好みに合わせたコンテンツのお勧め、そしてもう一つは独自コンテンツ制作だ。独自コンテンツ制作では、Netflixのユーザーが他のサービスでは見られない魅力的なものを提供するため、大きな投資をし、数年前からアカデミー賞を取るほどの人気コンテンツを制作している。

これによって、Netflixは伸び率は下がってきたものの、ユーザー数は、まだ伸びている。これを見た後発組も、やはり独自コンテンツ制作に走り、それぞれがその会社のサービスを契約しないと見ることができないものとして、差別化している。一方、すでに多数の既存コンテンツを自社で持っているDisneyなどは、自社コンテンツを他のビデオ配信サービスに提供しない、という動きを見せている。

さて、このままの状況が進んでしまうと、ユーザーはどうなるのか。単純に同じものを提供する会社が増え、競合する場合には、サービス向上や価格低下が起こり、ユーザーにとって大いにメリットが出る。しかし、それぞれのサービスで提供するコンテンツが異なり、しかも独自コンテンツが提供され、他のサービスではそれを見ることができないとなれば、ユーザーとしては複数のサービスと契約する必要が出てくる。せっかく高額なケーブルテレビや衛星放送契約から解放され、安価なビデオ配信サービスの恩恵を被ることができると思ったら、見たいコンテンツをすべてみようとすると、いくつものビデオ配信サービスと契約する必要が出てきてしまう。その結果、もしかするといままでケーブルテレビなどに支払っていた金額より、さらに多くのお金を複数のビデオ配信サービスに支払うことになるかもしれない。

ビデオ配信サービスを提供する会社も、ユーザーがこれらのサービスに支払える金額には限度があることを考え、うまく協調しながらサービスを提供しないと、業界全体の発展にも障害となる。個々のビデオ配信サービス会社がどのような戦略をとってくるか、また、業界全体として、どのように競合しつつも協調していくか、これからの動きが大いに注目される。

  黒田 豊


(2019年5月)

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