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自動運転車が一般的になる未来は、近いか遠いか

車の自動運転を含む自動車業界の大きな変革「スマート・モビリティ」について書いたのは、つい3ヶ月前のことだ。ところが、その将来に影響を及ぼす出来事が3月に起こった。アリゾナ州Tempe市で起こった、自動運転車による初めての死亡事故だ。自動運転車では、Googleの社内部門(現在はWaymo社)で開発しているものと、ライドシェアのUberが開発しているものが、現時点で有力と言われているが、そのUberによるテスト運転中の自動運転車による死亡事故だ。

自動運転車による事故では、Tesla社の車による死亡事故がすでに2016年に起きているが、これはTesla車の部分運転自動化機能を使ったことによる事故で、本来運転手が責任をもって使うべき機能を、車にまかせてしまったための事故ということで、運転者の責任範囲として処理されており、自動運転車による事故という見方はされていない。そのため、今回のTempe市での事故が、自動運転車での最初の死亡事故という扱いをされている。

Uberは、この事故を起こした車で、自動運転のテストを行っていたが、念のため、非常時に対応できるように、運転手もその車には乗っていた。しかし、その運転手は事故直前の数秒間、下を向いていて、前を見ていなかったとの話だ。この運転手が過去に前科があり、交通違反でも捕まったことのある人だったという点で、Uberのテスト体制も問題にされている。

ただ、車を自動運転させ、それをモニターしながら非常時には手動操作するというのは、簡単なことではない。むしろ自分で運転するより難しいことかもしれない。自動運転は、その自動レベルにより5段階に分けられるが、完全に人を介しないのがレベル4、5なのに対し、非常時に運転者が対応するのがレベル3だ。最もテストでの走行距離の長いWaymoによると、レベル3で非常時にのみ運転手が対応する、というのは現実的に難しいと判断し、いまはレベル4、5でのテストに注力しているという。

自動運転車は、技術的にかなり進化しているが、まだ完全なものではない。また、将来的にも100%完全なものを作るのは、おそらく不可能だろう。したがって、今回のような事故が、遅かれ早かれ起こることは、誰しも予想していたことだ。人命にかかわることなので、自動運転車のテストには、かなり慎重に対応しており、このような事故が起こるのは、もう少し先のことかと思われたが、最近の自動運転技術開発競争の結果、まだ未熟な技術のまま、結果を出すことに急ぎ過ぎたのかもしれない。
それにしても、今回の事故で少々ショッキングなのは、その事故の起こった状況だ。まず場所として自動運転車のテストにTempe市が選ばれているのは、道が広く、視界が良好など条件がいいからだ。事故の起こったのは夜10時ころとのことなので、夜間で視界が悪かったともいえるが、この時間は車や歩行者の数は少なく、雑踏や太陽光による見にくさもないので、むしろ自動運転車にとっては、扱いやすい環境ではなかったかと思われる。そんな中で起こった事故なので、ショックは小さくない。

この事故を受けて、アリゾナ州はUberによる自動運転車テストの中止を決定、Uberも全米すべてでの自動運転車テストを一時中止すると決定している。数か月後にはテストを再開したいと述べているが、今回の事故の検証が十分に終わり、原因究明されてからになるだろう。

地元カリフォルニア州では、一般道路での自動運転車のテストを承認できる体制が2月に整い、早ければこの4月2日からテスト開始が可能となった。この事故の影響もあり、数は少ないが、Waymoを含む数社がテスト申請した模様だ。今回のような事故が起きると、自動運転車に対する否定的な意見が強くなってしまうが、自動運転車の普及により、自動車事故が減ることも間違いないことだろう。米国では、交通事故で年間4万人を超える人が亡くなっている。この数字が大幅に減るとすれば、車社会にとって、間違いなく必要な技術と言える。

年間4万人も自動車事故による死亡者がいるのに、自動運転車による死亡事故では、一人でも大きな話題になり、皆ショックを受ける。そこには、自動運転車による死亡事故というものに対し、何か納得できないものが人間にはあるからだろう。人は、どうしても間違いを起こす。しかし、機械には間違ってもらっては困る、それが機械なはずだ、という感じ方をしてしまうからだろう。

現実社会を見ると、高齢者などが突然体調を壊し、正常に運転できなくなることによる事故は増えており、また、米国では運転中にスマートフォンを使って事故を起こすなど、運転手による問題も多い。そのかなりの部分が自動運転車によって解決できるのであれば、よりよい社会になることは間違いない。冷静に考えれば、そういうことなのだが。

今回のTempe市での事故は、人が前を通ったのを、人と判断できなかったということで、少なくともUberの技術は、まだ十分実用できるところまでは行っていないと言える。そんな状況で路上テストを実施して大丈夫なのか、という点も問題だ。車ではなく、医薬品などの場合、マウスなどによる十分な実験を行ったのち、人に対して臨床試験が行われる。自動運転車の場合、果たして人の往来している一般道路でのテストをするに足る、十分な事前テストが行われてきたのか、という疑問も残る。これは技術を開発する企業の問題だけでなく、一般道路でのテストを承認する国や地方自治体の問題でもある。

自動運転が正常に行われるためには、自動運転技術のためのセンサーなどのハードウェア、そしてセンサー等から得られる情報を分析するAIなどのソフトウェアが適切に作動することが求められる。そのためには、それらの技術そのものだけでなく、外部からそれらを誤作動させるようなことが起こらないように、セキュリティ上の防御も十分になされていなくてはならない。

昨今のロシアによる米国大統領選挙への介入疑惑や、多くの情報漏洩問題などを見ると、相当堅固なセキュリティ対策を講じないと、自動運転車が一般的に利用される世の中にはならない。自動運転車1台による単発の事故でも大変な問題なのに、多くの自動運転車が誤作動し始めたら大混乱になる。そのようなことが起こり始めたら、自動車メーカーが考えているような、ハンドルもついていない車は、使用不能になってしまう。

いろいろ考えるときりがないが、私見で言えば、自動運転車のテストは、現時点では一般道路ではなく、人のいない高速道路や、決まった路線を走る場合などから始めるべきではないかと思う。一般道路でのテストを行うということは、一般の人を、その人たちの承認を得ないまま、モルモットにしてしまっているのと同じだからだ。

米国、特にシリコンバレーでは、新しいことは、ともかくやってみて、問題があれば、それを解決しながら進めていく、というやり方を多く見かける。国や自治体、既存組織とのあつれきを気にしすぎて、物事がなかなか進まない日本に比べ、これは、新しいイノベーションを進める上で、大切なことだと常々思っており、その考えに何ら変わりはない。

しかし、自動運転車については、「問題が起こる=人の命にかかわる問題」だ。他のことと同じように、ともかくやってみて、問題があれば、それを解決していく、という中でも、通常以上の注意が必要だ。それは関係各社も十分わかっていると思うし、そのようにしていると思うが、いち早く自動運転車の技術を確立するための競争のため、それがもしかすると、少しおろそかになっているのではないかと、少々心配だ。

自動運転技術が成熟し、セキュリティ対策も万全に行われ、ゼロとは言わないまでも、現在より大幅に交通事故の少ない世界がいち早く来ることは、ぜひ望みたい。しかし、そこに到達するまでの道のりは、企業競争に勝つためにショートカットなどせず、しっかり一歩一歩進めてもらいたいと願わずにはいられない。

  黒田 豊


(2018年6月)

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